「人はなぜ、自分の幸せを他人のそれと比べてしまうのか」 運命を受け止めて生きようとする女性たちを描いた2冊

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

彼女たちのいる風景 = Landscape with Them

『彼女たちのいる風景 = Landscape with Them』

著者
水野, 梓
出版社
講談社
ISBN
9784065295953
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

憐憫 = pity

『憐憫 = pity』

著者
島本, 理生, 1983-
出版社
朝日新聞出版
ISBN
9784022518682
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『彼女たちのいる風景』水野梓/『憐憫』島本理生

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

水野梓『彼女たちのいる風景』(講談社)は、大学の同級生だった38歳の女性三人が主人公だ。人はなぜ、自分の幸せを他人のそれと比べてしまうのか。女性であることで、何かを背負ったり諦めなくてはならないのか。誰にとっても他人事ではない問題が、ふんだんに織り込まれている。

若くして両親を亡くした凛は、製薬会社に就職し順調にキャリアを積んでいた。先輩と結婚し出産したが、育児休暇後は現場に戻れないことがわかり、努力を否定されたような気持ちになっていた。イラストを描くことが得意で男性にモテた響子は、広告代理店に職を得たが、上司との不倫により退職に追い込まれた。一人で育てている息子は発達障害の可能性があり、家計は困窮している。故郷に戻らない覚悟で生きてきた正義感の強い美華は、仕事に邁進し週刊誌のサブデスクにまで昇格した。カメラマンの夫とは同志のような関係だが、不妊治療をきっかけに心がすれ違い始めている。

三人とも努力家で誠実だ。幸福を自慢しあうような関係ではなく、友情を大切にしている。だが、自分の本当の問題を吐露することはできない。友人を妬ましく思ったり、批判的に見てしまい、自己嫌悪に陥る。

どんなに強く願っても手に入れられないものはある。でも、積み重ねてきた苦しみや悲しみがあるからこそ得られる自分だけの幸福があるはずだ。わかっているはずなのに、人は迷う。想像もしなかった過酷な現実。心の奥に閉じ込めてきた過去。手を差し伸べ合いながら、運命を受け止めて生きようとする彼女たちが愛しく、その力強さと絆を誇らしく思った。

 一目惚れという現象がある。出会った瞬間に、この相手でなくてはならない何かを見つけてしまうことがあるらしい。島本理生『憐憫』(朝日新聞出版)は、その衝動のような感情から始まる恋愛を描いている。

主人公の沙良は女優である。児童劇団からスタートし十代で人気が出た。未来は輝いているように思えたが、自分の稼ぎが家族に使い込まれていたことを知って気力を失ってしまった。27歳になった今は、情報番組のプロデューサーである夫がいて、たまに入ってくる舞台や単発ドラマの脇役をこなしているが、方向性は定まらず満たされない日々を過ごしている。ある日、六本木のバーで柏木という会社員に出会う。綺麗だがどこか不安定なところに惹かれ、会う事がやめられなくなっていく。

週刊誌やネットの記事になったら、旬を過ぎた女優の火遊びとして、面白おかしく取り上げられるであろう不倫関係である。だが沙良は、その恋をきっかけに女優として再生していく。どうして彼でなくてはならないのか。その理由に気づいた時、もう恋は終わっている。著者は、その心境の変化を繊細に描くことによって、恋愛の本質のようなものに読者を向き合わせる。

新潮社 小説新潮
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク