『貸本屋おせん』
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[本の森 歴史・時代]『貸本屋おせん』高瀬乃一
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
歴史時代小説の新たな書き手が現れると必ず目を通している。
今年も今後が楽しみな書き手との出会いがあった一年だった。早いもので今年も残りわずかである。この季節になると一年を振り返るようにジャンル別のおすすめランキングなどが発表され、書店の店頭がにぎやかになる。
そんな季節に便乗し、私的最優秀新人賞を発表したいと思う。
2022年田口賞最優秀新人賞に輝いた作品は、『貸本屋おせん』(高瀬乃一/文藝春秋)です。
本書は、2020年の第100回オール讀物新人賞受賞作「をりをり よみ耽り」に書き下ろしを含む中編四編を加えた、女手ひとつで貸本屋を営むおせんの奮闘を描いた物語だ。
江戸文化年間、幕府による出版統制下、彫師の父・平治は、手掛けた読本が幕府批判とみなされ、重い刑罰を受ける。
二度と鑿を握ることができない体となった父は酒におぼれた末に自死する。母は愛想を尽かし、若い男を作り家を出てしまった。
わずか十二歳で天涯孤独となったおせんは、父の知己だった地本問屋の南場屋喜一郎や長屋の住人に助けられながら貸本屋として生計を立てていく。
本が高価なもので、庶民が気軽に購入して読むことができなかった時代、そこで活躍したのが貸本屋だった。
書物や錦絵を詰め込んだ高荷を背負って歩く貸本屋が、江戸界隈だけでも八百軒以上あったことを考えると、庶民の娯楽として定着していたことがうかがえる。
本書は、貸本屋として馴染みの客に本を届けるおせんが、様々な読本をめぐり身にふりかかる事件の数々に立ち向かう物語である。
なんと言っても最大の魅力は主人公のおせんである。天涯孤独という言葉から連想される逆境に耐え忍ぶしめった人物像とは違い、したたかに生き抜く強さと怖いもの知らずの危うさを兼ね備えた人物像は、新たなヒロインとして多くの読者を魅了するだろう。
そして何より、随所にちりばめられている本に対する考え方に共感を覚えた。
「善人も悪人も、同じ本を見て笑い悲しむ。ときに憤り、あきらめ、それでも次の丁をめくらずにはいられない。そして一度読まれた本は忘れさられて、みな現に戻っていく。本なんて、そんなもんだ。だから、せんは貸本屋として、本を守らなければならない」
その想いに至るおせんの本との関係に、様々な地域で一冊でも多くの本を人に届けるのだと奮闘する書店員の顔が浮かんだ。
今年、本書に出合えてよかった。