『時ありて』
- 著者
- イアン・マクドナルド [著]/下楠 昌哉 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784152101846
- 発売日
- 2022/11/16
- 価格
- 2,200円(税込)
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<書評>時ありて イアン・マクドナルド 著
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
◆恋愛小説+歴史SFの妙味
店じまいをする老舗古書店の在庫セール。古書ディーラーの<私>は、そこで<『時ありて(タイム・ワズ)』、E・L著>という詩集を入手し、中に手紙がはさまれていることに気づく。<万が一離れ離れになるなら、後に一冊残しておくから。このいつもの場所に>という謎めいた言葉で締めくくられるそれは、男性から男性に宛てたラヴ・レターだった。
英国SF界を代表する作家の一人、イアン・マクドナルドの本書は、この一通の手紙がもたらすいくつかの謎に<私>が迫っていく過程がスリリングな、巻を措(お)く能(あた)わずの小説だ。でも、粗筋を紹介しすぎると、作者が用意している二段構えのサプライズというプレゼントを読者に渡し損なってしまうという、書評家泣かせの逸品でもある。気をつけて紹介していきたい。
手紙の内容から、それが書かれた場所が、一九四二年のエジプトのカイロであることを突き止めた<私>は、このことをフェイスブックに投稿。すると、ソーン・ヒルドレスという女性から、曾祖父の日記にラヴ・レターの差出人であるトムと受取人であるベンの名前が出てくるけれど興味はあるかという返事が。<私>はソーンと一緒に二人のことを調べていくのだが、やがてトムとベンがほとんど年をとらない容貌で、何十年も時を隔てた戦争で写真に撮られていることがわかり−。
この本線となる探求の物語の合間に、作者はトム視点の物語を挿入。トムとベンの出会い、愛し合う二人の描写、トムが少年時代に詩集『時ありて』の著者E・Lと出会っていること、最初のサプライズに関わるある研究のことなどを徐々に明かしていき、最後、<私>の物語とトムのそれを合流させて、読者を二つ目のサプライズへとテンポ良くいざなっていくのだ。
ラヴストーリーと歴史SFと戦争小説の妙味を兼ね備えた物語を読み終えて胸に残るのは、<イン・ヒストリー。歴史の方が、私に触れてくるのだ>という名文。この感覚を生々しい実感として描き通した小説を、寡聞ながら知らない。稀有な小説と思う。
(下楠昌哉訳、早川書房・2200円)
1960年生まれ。英国の作家。著書『火星夜想曲』『サイバラバード・デイズ』など。
◆もう1冊
イアン・マクドナルド著『黎明の王 白昼の女王』(ハヤカワ文庫FT)。古沢嘉通訳。