<書評>スピノザ 読む人の肖像 國分功一郎 著

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スピノザ

『スピノザ』

著者
國分 功一郎 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784004319443
発売日
2022/10/24
価格
1,408円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>スピノザ 読む人の肖像 國分功一郎 著

[レビュアー] 若松英輔(批評家)

◆「自己の救済」へ開く理性

 本書において著者は、研究者としてスピノザに「ついて」語ろうとしているのではない。一個の哲学者として、稀有(けう)なる先行者と対話し、叡知(えいち)の松明(たいまつ)を引き継ごうとしている。

 この本を読み解く「鍵」となる言葉がいくつかある。私にとってそれは、「読む」であり「神」であり「理性」だった。

 この本における「読む」は、文字や意味を追うことではない。それは哲学という不可視な「道」を探索することを指す。同時に死者との対話でもある。読者は、本書のページをめくりながら、スピノザの面影と肉声が、内心に浮かび上がってくるのに驚くだろう。

 著者はいつか、これまで以上の熱を伴った言葉で「神」を語る。そう感じていた私のような読者の期待も裏切ることはなかった。「我々は神の存在を知らないからいかなるものについても確実であり得ないのではなくて、神の何たるかを知らないが故にいかなるものについても確実ではあり得ないのである」と著者は書く。これはスピノザの「神学」の核心でもあるが、著者の理性的認識の原点でもあるのだろう。

 第六章の意識論は大きな可能性を秘めているように感じた。著者は意識と良心が語源的に一致していることにふれつつ、意識を超える理性の位置と働きを論じるのだが、読み進めながら念頭を離れなかったのはスピノザと東洋哲学との対話の可能性である。

 スピノザがいう「自己の利益」はいわゆる利己主義と無関係であることを著者は強調する。しかしそれは仏教がいう「自利利他」というときの「自利」、すなわち自己の救済を強く想起させるのである。

 新書という様式にしては大部といってよい本書に、著者は十年の歳月を費やしたと書いている。スピノザの言葉は、単に解釈され、日本語に置き換えられてもよみがえらないのだろう。著者のような精神によって受け止められ、意味が彫琢(ちょうたく)されたとき、初めて、時代と文化の差異を超え、今の出来事として新生する、そう強く思った。

(岩波新書・1408円)

1974年生まれ。東京大大学院教授・哲学。著書『原子力時代における哲学』など。

◆もう1冊

吉田量彦(かずひこ)著『スピノザ 人間の自由の哲学』(講談社現代新書)。17世紀オランダの哲学者がどう生き、宗教や政治思想をどう論じたかを解説する入門書。

中日新聞 東京新聞
2023年1月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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