週末ごとに山や海へ連れて行ってくれた父……実は心中するつもりだった 二人の女性作家が語った“父と娘”の厄介な関係

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夏日狂想

『夏日狂想』

著者
窪, 美澄
出版社
新潮社
ISBN
9784103259268
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

この父ありて : 娘たちの歳月

『この父ありて : 娘たちの歳月』

著者
梯, 久美子, 1961-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163916095
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

「書く女」ができるまで

[レビュアー] 新潮社


写真はイメージです

 故人となったいまもなお、実父に対して割り切れない想いを抱えている――。
 その想いを文章にすると「五十何歳になっても、まだこんなこと言っているのかよ」という恨みがましいものになってしまった。
 そう語るのは、2022年に小説『夜に星を放つ』で第167回直木賞を受賞した窪美澄さんだ。
 デビュー作から「性」や「生」に向き合い、言葉にできない生きづらさを作品に昇華させてきた窪さんの胸の内と、最新作『夏日狂想』に込めたテーマとは?

 今回は、女性作家たちとその父親を取り上げ、複雑な関係性に迫った『この父ありて 娘たちの歳月』を刊行したノンフィクション作家の梯久美子さんと、“父と娘”の厄介な絆や自らの父親像、そして女性が物書きとして生きていくことについて深く語り合った。

〈父と娘〉の関係から


窪美澄氏

梯 直木賞受賞、おめでとうございました。受賞後は取材や執筆の依頼で、ずいぶん大変だったでしょう?

窪 「大変になるよ」とは言われていましたが、こんなに大変だとは誰も具体的に教えてくれなかった(笑)。人前に出るような苦手な仕事も多かったのですが、やっと落ち着いてきました。

梯 「オール讀物」に掲載された受賞記念エッセイ「生きてきた私」では生家のことを書かれていました。もうひとつ、短篇集『すみなれたからだで』(河出文庫)には「父を山に棄てに行く」という作品が入っています。私はこれを小説として読んでいたのですが、今度の受賞エッセイを読むと、あの短篇は窪さんが実際に体験したことを書かれたものらしいと分かりました。

窪 はい。「父を山に棄てに行く」は小説として発表したものではなくて、『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞を頂いた時の受賞エッセイです。

梯 自らの結婚生活も危機にある娘が、年老いて自殺未遂を繰り返す父親を山間の施設に入れる――窪さんの言葉だと「棄てる」話です。

窪 「『オール』の直木賞発表号に自伝エッセイを」と依頼されたんです。またあの父親や経済的に困窮した挙句に崩壊した生家のことを書くのかと心が重くなったのですが、まあ「父を山に棄てに行く」から十一年も経っているし、気持ちも変ったかなと思って書いてみたら、全然気持ちが収まってなくて(笑)。直木賞貰って、お父さん、お母さんも喜んでくれていると思います、なんて具合にはまるでいかず、「五十何歳にもなって、まだこんなこと言っているのかよ」みたいな、恨みがましい原稿になってしまいました。

梯 そこがいいのではないでしょうか(笑)。私も父についてのエッセイを頼まれることがあります。書いていると、どうしても「問題の多い父でしたが、心はどこか通じ合っていました」みたいな〈父に愛された娘〉の物語に着地させてしまいがちなんですね。これは無意識にせよ、世間の要求に合わせているなと反省して、しばらく父に関しては書かない時期がありました。

窪 女性作家が書くことを暗に求められる父親像の定型ってありますね。梯さんの新著『この父ありて 娘たちの歳月』(文藝春秋)は石牟礼道子さん、田辺聖子さん、島尾ミホさんたち九人の女性作家とその父親を取り上げていますが、みなさん見事に定型に収まらない関係にあった父娘ばかりです。

梯 あの本で取り上げたのは、おおむね父に愛されてきた娘たちです。それが戦争とか父の死とか結婚とかがあって、彼女たちは人生のある時期から突然、父を通じて接してきた社会とはまた異なる社会と対峙せざるをえなくなります。つまり、男の価値観で出来あがった社会に直接ぶつかっていく。

窪 そんな娘の宿命は意外と今もあまり変わっていないのかもしれませんね。それに最近は〈毒親〉など、母と娘の物語が多いので、父と娘のテーマは新鮮でした。

梯 父と娘の関係は今なお複雑ですよね。一筋縄ではいかない。

窪 複雑です。私は子供の頃、父の嘘をずっと信じていました。借金まみれなのに「多摩川の近くに家を建てる」とか、明らかな嘘をかなり大きくなるまで信じてた。毎週日曜に車で山奥のダムや海へ連れて行ってくれて、それはのちに「心中するつもりだった」と聞かされますが、そのドライブも当時の私はいつも楽しみにしていたんです。振り返ると、「私はお父さんのことが本当に好きだったんだなあ」と思うし、そんな自分が悲しくもなります。

梯 母親は同性だし、身近な存在だから、もっと理解しやすい気がしませんか? いつ何を着て、どんな化粧をして、どんな料理を作っていたかを思い出すと、それだけで母の人生がぼんやり見えてくるところがある。娘からすると、父の人生を思おうとしても取っ掛かりがあまりないんですよね。

窪 私は母と一緒に暮したのは十二歳までなんですが、女性に対する好き嫌いの原型は母に作られた気がしています。母は「愛嬌のある女の子が一番よね」と言っていて、本を読むような女性は理屈っぽいと公言するような人でした。母への反発から私は今みたいになったのではないか(笑)。物を書いていると、いかに自分の思い込みが父や母の価値観によって作られているかが分かる瞬間があって、そこは壊していかなきゃいけないなと考えています。

新潮社 波
2023年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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