判事や警察が爆殺される事件も……マフィアの影から脱却したシチリア島のいま

エッセイ

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シチリアの奇跡

『シチリアの奇跡』

著者
島村 菜津 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784106109782
発売日
2022/12/19
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

シチリア島の諦めない人々が生んだ奇跡

[レビュアー] 島村菜津(ノンフィクション作家)


ギリシャ、ローマの時代の遺跡で人気の観光地、タオルミナのホテルから望む、早朝のエトナ山

 映画「ゴッドファーザー」で描かれたようにシチリアでは長いことマフィアの影に怯えてきた。その存在は非常に大きく、シチリアの温暖な気候や息を呑む絶景とは裏腹に非道な歴史が続いた。

 現在はこうした状況から脱却し、他に類を見ない新しい地域おこしをしているシチリアを10年以上に渡り取材し、新書『シチリアの奇跡―マフィアからエシカルへ―』にまとめたノンフィクション作家の島村菜津さんが、シチリアの暗い歴史や地域おこしの現状、日本との類似点を語った。

島村菜津・評「シチリア島の諦めない人々が生んだ奇跡」

「シチリアにこそすべてを解く鍵がある」

 かつて「イタリア紀行」の中で、そう書いたのは、文豪ゲーテだ(『ゲーテ全集11』高木久雄訳、潮出版社)。ギリシャ神殿、古代ローマの円形劇場、アラブ職人の手になるモザイクの教会壁画……島は西洋建築史を俯瞰できる歴史の宝庫だ。そして野菜や魚がおいしい。ワイン、小麦、オリーブは古代からの産地で、国内随一の有機農業の先進地。風光明媚で、多くの民族が往来した島は、異邦人への偏見がない。

 シチリアは、私にとって、東京で心がささくれだつたびに、安チケットを探して出かける癒しの島であり続けた。

 そこで当初は、おこがましいが島への恩返しのつもりで、反マフィア活動を取材し始めた。というのも2022年は、シチリア島にとって要の年だった。1992年、マフィア大裁判を実現した二人の判事が、護衛の警官たちとともに次々に爆殺されるというショッキングな事件から30年の節目の年だったのだ。イタリアは、この年を境に大きく変わった。93年、長く潜伏していたドン・コルレオーネの異名を持つ大ボス、トト・リイーナが逮捕された。マフィアとの黒い噂が絶えず、戦後7期も首相を務めたアンドレオッティの失墜とともに、与党キリスト教民主党が解散。戦後の五大野党も、汚職事件によって終焉を迎えた。

 以後、シチリアでは人が殺されるような事件はほとんどなくなった。史跡や美術館の整備も進み、島の観光は、コロナ前の2019年まで順調に伸びていた。しかし長い歳月が流れたにもかかわらず、『ゴッドファーザー』流のマフィアのステレオタイプは、島民を苦しめていた。偏見を払おうと内陸の町コルレオーネには、反マフィアを標榜する博物館が二つも生まれた。不正とは無縁な経済を育てようと、大学生たちが05年に発足させた「さよなら、みかじめ料協会」は、加盟店が1000軒近くに増えた。

 そのうち見えてきたのは、日本との類似点だ。第二次世界大戦後、西側戦勝国の干渉を受けた両国は、反共の名のもとに労働運動が暴力によって抑え込まれ、乱開発で闇組織が活発化した。現在の少子高齢化に伴う地域の疲弊、待ったなしの環境問題も共通の課題だ。つまるところ、反マフィア活動は民主主義を問い直す試みだったのだ。

 2022年、シチリア島の有機ワインの割合が国内生産量の38%を記録した。その陰で「リーベラ(自由)」という市民団体が、95年以降マフィアからの押収地を有機の畑として再生する地道な活動を続けている。

 倫理を問うエシカル消費はなかなかに命がけだ。次世代に美しい故郷の島を残そうと諦めない人々の姿は、日本の私たちにも勇気を与えてくれる。

新潮社 波
2023年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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