ささやかだけど大切なもの それを切り取る見事な手つき
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
写真家によるフォトエッセイが好きだ。文体に、文章を書いて暮らしている人とは違う「かまえ」を感じる。この本も例外ではなかった。装飾の少ない言葉は川のようにさらさらと流れ、いったんシャッターを切ったらもう次へと移っていく。いさぎよい文章だと思う。
著者の視線の先にはさまざまな「ふたり」がいる。職場の仲間あり、親子あり、カップルあり。誰かを愛したり頼ったりする濃い感情ではなく、なんとなくいまこういう場面にたどりついています、というような淡い関係。喜怒哀楽に分類できない気持ちが繊細に浮かび上がる。
はじめの章で撮影されているのは、まだ若い、知り合いの女性だ。突然の連絡は、こんど乳がんの手術をするから、酸素マスクや管などを装着した姿を撮影してほしい、という依頼だった。悲愴な気持ちの記録写真ではなく、サイボーグみたいでかっこよさそうだから撮影してもらいたいという要望なのだ。それを語るとき女性の目がキラキラしたのを著者は見逃さない。
女性の思う自己像が著者に伝わったように、手術直後でまだぼんやりしているときの美しい表情が撮れている。〈きれい! わあきれい!と言いそうになったけれど(中略)ご両親がすぐ隣にいるので、ぐっと堪えて黙ってばしゃばしゃ撮る〉。ちょっと神々しさもあるようなすてきな場面だが、著者は、女性が抗がん剤治療で「ハゲた」写真も載せている。治療中離れ離れになっていた飼い犬も、ストレスのせいかおしりがハゲて、〈二人は仲良くハゲて暮らしているのである〉。
一冊をつうじてこんな雰囲気。人生や生活の大部分は、勝ち負けではなく歓びでも哀しみでもないささやかなもので構成されている。ささやかではあるが、じつに重要なもので。それをたくさん切り取ってくれる写真家の手つきにみとれ、心地よいテンポに身を委ねた。