『水滸伝 1 曙光の章』
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大長編小説を屹立させる炎の魔力
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「焚き火」です
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北方謙三に『火焔樹』という作品がある。その冒頭は焚き火のシーンだ。男が一人、焚き火と向かい合っている。
薪をどうやって割るか、どんな薪を使っているのかを作者は少しずつ書いていく。そういう小さな描写を積み重ねていくと、主人公の過去や考え方が出てくるという―北方謙三の、この創作の過程については、著者自身がエッセイに書いているが(私も公開対談で直接聞いたことがある)、ようするに、焚き火と向かい合う男を描いているうちに、男のキャラクターが徐々に立ち上がってくるのだ。焚き火は男を炙りだす炎なのである。
北方謙三の作品で、焚き火シーンがいちばん多いのはたぶん『水滸伝』だ。数えたわけではないが、どの巻を開いても焚き火シーンが頻出する。
たとえば、たまたま目の前に、第11巻「天地の章」があったので手に取ると、大きな焚き火がいくつも燃やされ、豚肉と木の実が入ったもち米が炊かれるシーンが出てくる。その場を仕切るのは晁蓋だ。
焚き火を囲むのは、史進、扈三娘、鮑旭、孫立、朱仝。史進と鮑旭は、子午山の王進のもとで暮らしていた仲だから、二人とも嬉しそうだ。遠くから歌が聞こえてくる。静かな夜だ。こういう焚き火シーンが『水滸伝』には数多くある。いつも余韻たっぷりだ。
この大長編小説を屹立させているのは、焚き火の魔力なのではないか。そんな気さえしてくる。