『「贈与論」の思想 マルセル・モースと〈混ざりあい〉の倫理』森山工著(インスクリプト)

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「贈与論」の思想

『「贈与論」の思想』

著者
森山工 [著]
出版社
インスクリプト
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784900997981
発売日
2022/11/21
価格
3,850円(税込)

書籍情報:openBD

『「贈与論」の思想 マルセル・モースと〈混ざりあい〉の倫理』森山工著(インスクリプト)

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

社会変革求めた活動家

 マルセル・モースの「贈与論」が発表されてから1世紀近くが経(た)つ今、「贈与」が再び関心を集めている。「贈与論」の訳者でもある森山は一昨年、『贈与と聖物』において、贈与と交換を結び合わせるモースに抗して二つを腑分(ふわ)けする刺激的な議論を展開した。本書で「贈与論」に戻ってきた著者は、しかし「贈与とは何か」という哲学的な考察を始めはしない。本書で明らかになるのはむしろ、1920年代に古今東西の贈与体系を比較することを促した背景である。浮かび上がってくるのは社会的で倫理的な動機だ。

 本書はまず、筋金入りの社会活動家としてのモースに光を当てる。モースは社会主義的行動によって社会全体を変革することを希求し、その実践の鍵を労働組合運動・協同組合運動に見出(みいだ)した。他方で、そうした自発的な共同体を破壊し市民の成熟を無視して上からの暴力で法を強制したボリシェヴィズムを「退行」として舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判した。

 「労働者大衆」の「自覚」を説く熱のこもった論文の豊富な引用から示される社会主義思想は、著者によれば「贈与論」に通底している。なぜならそこでは、上座も下座もなく円卓を囲み、誰もが与えると同時に受け取る者になることが今日もなお目指されるべきであると示唆されるからである。当時、西欧では家族扶助金庫や失業保険制度の整備が進められていた。これはモースにとって、近代法体制によって忘れられていた「友愛」の回帰であり、そして「贈与」もまた回帰させるべきモチーフだったのだ。本書は緻密(ちみつ)なテクスト分析からモースが「贈与」に社会生活を形成する諸相の「混ざりあい」を見出していたことを突き止め、その先にある倫理を透視する。

 学術的な探究が社会的・実践的な探究と地続きであることを示す徴を著者は見逃さない。人をつなぎとめる社会変革が「よいものだと述べること」が必要だとする「贈与論」の一節に「シビれる」と告白するくだりは著者の基本的な研究姿勢を明かす。「贈与とは何か」というよりも「なぜ贈与なのか」がわかる。

読売新聞
2023年1月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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