『石油とナショナリズム 中東資源外交と「戦後アジア主義」』シナン・レヴェント著(人文書院)

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4
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石油とナショナリズム

『石油とナショナリズム』

著者
シナン・レヴェント [著]
出版社
人文書院
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784409520901
発売日
2022/09/22
価格
4,950円(税込)

書籍情報:openBD

『石油とナショナリズム 中東資源外交と「戦後アジア主義」』シナン・レヴェント著(人文書院)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

民間外交に戦前の「反欧米」

 戦後日本における「中東」とは何であったか。本書はこの壮大な問いから始まる。中東諸国といえば、石油資源を中心とした経済関係を想起する人が多いだろう。だが、本書は石油だけでは語れない豊かな思想水脈を掘り下げている。

 トルコ出身で日本の大学院で学んだ著者は、第二次世界大戦後に中東に関わった民間人の言説や行動に着目し、欧米の帝国主義に対抗しようとした戦前日本のアジア主義が、形を変えて戦後の中東資源外交に受け継がれていると主張する。大胆だが実に興味深い仮説である。

 本書が分析対象とするのは、アラビア石油、アブダビ石油、出光興産といった外国資本を導入せず、日本国内の融資で設立された「民族系資本」の創設者たちだ。彼らは資源小国である日本が石油を安定供給できるように、国際石油資本(メジャー)が介在しない独自ルートで石油を確保しようとした。

 石油のメジャー支配に反発する一部財界人による「民族資本主義」は、やがて植民地から独立して天然資源の国営化を目指す中東諸国の資源ナショナリズムと共鳴していく。欧米主導の国際経済秩序を打破し、アジア・アフリカ諸国との間で水平的な関係を作ろうとする民族派財界人の思想は、反欧米思想を持つ戦前のアジア主義に通底するものがあると著者は論じている。

 こうした思想は、日本アラブ協会の創立者であり、アラブ諸国に人脈を持つ中谷武世を通じて、岸信介、福田赳夫、中曽根康弘といった保守政治家にも共有されていた。彼らが吉田茂にはじまる「保守本流」と異なる系譜に属する政治家であったことは注目すべきである。

 対米協調を基軸とする戦後日本の外交政策からは、欧米に反発する民族主義的な主張を見出(みいだ)すことは難しい。だが、ひとたび民間外交を担った人々の言動に目を向ければ、戦後日本においても、東西冷戦や日米関係に還元されない多様な外交思想が存在したことが分かる。日本外交史研究の空白を埋める重要な一冊の登場を慶(よろこ)びたい。

読売新聞
2023年1月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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