「今鳴いた烏がもう笑った 鬼頭智子作品集」鬼頭智子著(平凡社)
[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)
古い日本画のスタイルで塗られた背景に、昔の日本人や中国人を思わせる人物がたたずんでいる。その表情はとぼけた感じであり、どこか寂しげでもある。そんな絵が盛りだくさんの画集である。
図版で紹介する「鵞鳥(がちょう)饅頭(まんじゅう)仏(ぶつ)」もそんな雰囲気の作品。孔雀(くじゃく)明王の孔雀ではなく三羽の鵞鳥、そしておいしそうに食べているのは饅頭。精緻(せいち)に描かれた一つ一つが組み合わさって、端正なまとまりをなしているが、どこかでネジがゆるんだような気配がある。そのゆるみ具合が心地よい。
巻末のインタビューのなかで画家自身は「ちょっと抜けてる上に、いつも怠けたいなあと思ってるような頼りない人」を描きたいと語っている。その大らかな姿は、絵を見ているこちらも楽しい気分にしてくれる。また同時に画家が語る、多くの美術家や詩人との交流のようすも興味ぶかい。そのお楽しみも含め、新春に開くのにふさわしい本。