<書評>『私のことだま漂流記』山田詠美 著

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私のことだま漂流記

『私のことだま漂流記』

著者
山田 詠美 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065295915
発売日
2022/11/24
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『私のことだま漂流記』山田詠美 著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆小説家とは 半生振り返る

 「私」を小説家たらしめているものは何か、小説家とはどんな生きものなのか。一九八五年のデビューからずっと小説を書いてきた著者による、本格自伝小説である。

 <私は、自分の文学的な素質のほとんどは、中学時代までの読書で形になったような気がしてならない>。子供の頃から文学に親しんでいた著者は、将来の展望を描けずにいた一九八二年、宇野千代(一八九七〜一九九六年)が毎日新聞「日曜くらぶ」に連載していた『生きて行く私』を愛読し、心の中で「師」と仰いだ。およそ四十年後の二〇二一年六月から二〇二二年五月まで、「日曜くらぶ」に連載した自伝小説が本書だ。「宇野先生」と同じ発表の場で書くにあたり、幼少期から現在までの記憶を掘り起こし、<自分の「根」と「葉」にさまざまな影響を及ぼした言霊の正体を探って行>く。

 生きていると、現実が重くのしかかる。初めて書き上げた小説でデビューした著者は、思いもよらぬ観点からの罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びた。<苛(いじ)められた小学生の頃と何も変わっていないじゃないか>と情けなくなったが、著者は<自分を失わずに現実逃避するこつ>を、本を読むことで少女時代に掴(つか)んでいた。親友や敬愛する先達にも出会った。宇野千代、河野多恵子、水上勉……、今は亡き小説家の姿を、著者は本書で甦(よみがえ)らせている。

 <心の動きを言葉で表わせるようになると、世界は劇的に変わる>。良いものも悪いものも、記憶は「今の私」を作っている真実であり、秩序なく積み重なった記憶の結晶の一つ一つに「私」が正確な言葉を与えて書くと、小説になる。たとえそれが、行き先の定かでない漂流物のように世に出るのだとしても、根も葉もあるのだから力強い。

 『生きて行く私』が若き日の著者を導いたように、本書も読者を力づける一冊だと思う。新聞の紙幅に合わせて一つ一つの章は短いが、毎回語り出されるや問いや洞察、ユーモアをはらんで言葉が自在に進んでいき、何らかの「落ち」に行き着く。とても楽しい読み心地だ。

 (講談社・1815円)

1959年生まれ。小説家。85年『ベッドタイムアイズ』で文芸賞を受賞しデビュー。著書多数。

◆もう1冊

宇野千代著『生きて行く私』(角川文庫)。明治−平成を生きた作家の自伝。

中日新聞 東京新聞
2023年1月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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