前代未聞!日中韓+東南アジアの9作家が「絶縁」をテーマに競作 日本からは村田沙耶香が「無」を描く

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同時代的状況を競作するアジアン・ナイン

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 テーマ設定の勝利だろう。

 アジア九都市、九人の作家が競作するアンソロジーは、「絶縁」という言葉でここまで異なる風景を広げてみせることができるのかという驚きと、新型コロナウイルスとともに生きることになった現在の状況への同時代人としての鋭い批評性も共通項として感じさせる。

 考えてみれば、コロナ後の私たちは無意識に「絶縁」という行動を選び取っている。この人には会うけれど、あの人に会うのは控えておこう、とか。一緒に食事をする人がコロナ前より減った、顔ぶれが変わったという人は少なくないはずだ。

「絶縁」というこの本の秀逸なテーマを提案したのは、韓国のチョン・セラン。女性主人公は、倫理観のズレから、親しい先輩夫妻との「絶縁」を選ぶ。複数の女性と関係を持って告発された知人を、先輩は自分の学校に迎え入れ、主人公はそれを批判する。小説の舞台は韓国の放送業界だが、映画、演劇、出版、世界中で似たやりとりがあり、痛みを感じながらそれぞれの判断をせざるを得ない。

 村田沙耶香が描くのは、「無」という生き方を選ぶ人がいる社会だ。これまで通りの生活を送る人がいる一方で、「無街」も形成されている。一見ありえない世界でありながら、流行りのミニマリズムを一歩先に進めれば「無」にいきつくのでは、と思わせる現実味がある。

 ウィワット・ルートウィワットウォンサーは「燃える」でタイのリアルな政治状況を描き、中国のハオ景芳(「ポジティブレンガ」)や、香港の韓麗珠(「秘密警察」)は、寓意的に描くことで現実を突きつける。ベトナムのグエン・ゴック・トゥ「逃避」の母親は息子との「絶縁」を試みる。

「絆」とか「つながり」とかいった聞こえのよい言葉よりも、身も蓋もない「絶縁」のほうが、人間について、自分について、実に多くのことを深く考えさせる。

新潮社 週刊新潮
2023年1月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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