『電線の恋人』
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「電線が好きだ!」と公言しにくい貴方に
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
日本電線工業会公認の電線アンバサダーだという著者が、電線の楽しみ方を伝授。ツタ系、デコ系、屋根系など独自の分類法を知ると、つい自分でも探したくなる。挿入されたカラー写真も風趣に富む。余った電線をグルグル巻いて吊ってある南国系なんて、一度も気づいたことがないけど、面白すぎる。
路上観察は、異なる視点や思考に気づける大人の遊び。別に珍しいものを探すわけではなく、街角のありふれた事物を愛でる。鉄塔、Y字路、マンホール、看板、片手袋……対象は何でもいい。観察モードに入ると、日常の風景が違って感じられる。アートっぽく見えたり、可愛かったり、不気味に思えたり。
そんな楽しみを増やしてくれるこの手の書籍は散歩好きの大好物なのだが、本書はエンタメ要素に加えて硬派な論考も刺激的。
つまり、世の中には無電柱化を推進する人々がかなりいて、電柱や電線は景観の悪者のように扱われることが多い。そこで著者は記す。〈電線を礼賛することはわりとレジスタンスだ〉と。
言われてみればたしかに。電線って「好きだ!」と公言しにくい案件かも。都の調査によると、8割が悪い景観というイメージを持っているらしい。だけど著者は理路整然、説得力抜群に電線愛を語る。電線ぎらいのセンセイ方を論破する諧謔はスカッと痛快だった。
先ごろ、電線や電柱を描いた日本美術の名品ばかりを集めた「電線絵画展」が開かれたそうだ。見逃したのが悔やまれるが、内容の一部が紹介されている。企画した学芸員と著者との対談も読みどころ。画面の構成要素として電柱や電線を面白がっていた画家たちがたくさんいたことは記憶しておきたい。
著者は〈電線は都市の血管であり神経だ〉と記す。言い得て妙。読後は上を向いて歩くことが増えた。ないかなぁ……南国系。