理解できたとは言い難い 「添い寝」の物語

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理解できたとは言い難い 「添い寝」の物語

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


「群像」2023年1月号

「レンタルなんもしない人」という名前で「なにもしない」サービスを提供する人が数年前に話題になったが、木村紅美「夜のだれかの岸辺」(群像1月号)はさしずめ「レンタル添い寝する人」である。

 19歳だった「私」は、89歳の老女であるソヨミさんに夜、添い寝をするアルバイトをしていた。ソヨミさんの家でヘルパーをする母から紹介された仕事だった。

 戦間期に人買いに買われ消息の絶えたフキちゃんという貧しい家の子がいた。フキちゃんと仲の良かったソヨミさんは、彼女の悲惨な境遇に比べ自分が恵まれていたことに引け目を感じており、悪夢を見るほどフキちゃんに取り憑かれている。「私」の添い寝は精神安定のためのようだったが、次第に売春や性的搾取との境界が曖昧になっていく。

 その添い寝の仕事を、東日本大震災後である十数年後の時点から「私」が回想している、という構成。

 回想という形式を取りながら、「私」に変化や成長が起こったようには描かれないのが奇妙である。むしろまだ「傷ついた記憶」の「支配」下にいることがほのめかされて終わる。

 ドゥマゴ文学賞を受賞した前作『あなたに安全な人』に引き続き、離隔した他人との共生を追求した作品であろうことはわかるのだが、解釈が難しく、理解できたとは言い難い。

 山家望「紙の山羊」(文學界1月号)は、行政書士が主人公という珍しい作。面妖で法外な報酬の仕事が舞い込むが、依頼主は実は人工知能だったというSF仕立ての中篇である。SFと見るには細部がゆるゆるだし、生殖能力を欠いた主人公がAIに子供を投影するというプロットは陳腐すぎる。そうした欠点を覆う「文学性」とやらのあるなしが問われるか。

 樋口毅宏の新作『中野正彦の昭和九十二年』(イースト・プレス)をめぐり、発売直前に版元が突如販売中止を表明、配本済みの本が回収される騒動が起きた。社内から「ヘイト本だ」との告発が出る、押し問答を記録したLINEが流出するなど異常事態が続いたあとの回収で臆測を呼んだ。本を入手できたので次回はこの事件について考えたい。

新潮社 週刊新潮
2023年1月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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