徳川家康の天下取りを雑兵の視点で描いた人気シリーズ 石川伯耆守の寝返りの独自解釈も面白い

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

馬廻役仁義

『馬廻役仁義』

著者
井原, 忠政
出版社
双葉社
ISBN
9784575671353
価格
715円(税込)

書籍情報:openBD

人事異動のモヤモヤは、現代も戦国の世もいっしょ。足軽大将から畑違いの家康の馬廻役になった茂兵衛の運命やいかに?『馬廻役仁義』井原忠政

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 サラリーマンについて回るのが人事異動。自分の居場所を考えだすと不覚にも切なくなるが、それは戦国の世もいっしょ。

 足軽からキャリアを開始した主人公の植田茂兵衛は、戦場を駆けまわり、足軽を怒鳴りつける日常から、なんと主人家康の側近くに仕える馬廻役に「異動」。馴染むはずもなく、退屈と鬱屈は溜まるばかり。はてさて、元足軽大将、植田茂兵衛の運命やいかに?

 家康の天下取りを足軽の視点で描いて話題沸騰中の「三河雑兵シリーズ」最新刊『馬廻役仁義』の読みどころを、「小説推理」2023年1月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューでご紹介します。

■戦場で討ち死にしたと思ったら、どっこい生きてた植田茂兵衛。なんと馬廻役に抜擢された。井原忠政の超人気シリーズが、ついに大台の10巻に突入だ。

 徳川軍が大敗した上田合戦の殿(しんがり)を務め、単騎で敵に突っ込んだ鉄砲大将の植田茂兵衛。生死不明で終わった、前巻のラストはショッキングであった。本書の冒頭では討死したと思われ、残された家族や、関係の深かった者が悲嘆にくれる。茂兵衛とは20年にわたる腐れ縁である、徳川の隠密・乙部八兵衛は、植田家をどうすべきか悩む。

 ところがどっこい、茂兵衛は生きていた。3人の従者と、鉄砲隊寄騎の花井庄衛門と共に、真田源三郎が城番を務める戸石城の土牢に囚われていたのだ。牢内で、徳川家の次席家老である石川伯耆守が、豊臣方に寝返ったと聞いてもどうにもならぬ。気力体力を維持するだけである。

 その後、曲折を経て戸石城から脱出できた茂兵衛たち。だが戻ってみれば、鉄砲大将の地位を取り上げられていた。しばらくブラブラしていた茂兵衛だが、主君の家康の命により、馬廻役に抜擢されるのだった。

 馬廻役とは、主君の側に侍り、護衛や伝令をする役目である。なぜ作者は茂兵衛を、馬廻役にしたのか。それは上田合戦後、しばらく政治の季節が続くからである。天下人になったといっていい秀吉にとって、家康は完全な邪魔者。しかし潰すこともままならないので、味方に取り込もうとする。

 一方、家康も秀吉と和睦するしかないと考えているが、家中の強硬派をどう宥めるか苦慮している。意外と人材不足の徳川家で“欲と恐怖の念が薄い”茂兵衛は、家康に信頼できる人物と見込まれているのだ。こうした部分で茂兵衛の魅力を描きながら、政治の場にかかわらせ、主人公視点でストーリーを進行させる。そして家康と秀吉の政治的な駆け引きを、面白く読ませてくれるのである。この手腕、もはやベテラン作家のものといっていい。

 そうそう、茂兵衛の魅力は、真田源三郎とのやり取りでも、巧みに表現されている。敵同士になってしまったが、互いに認め合う、茂兵衛と源三郎の姿が気持ちいいのだ。

 また、有名な石川伯耆守の寝返りに、独自の解釈を与えている点も見逃せない。伯耆守が寝返った理由は諸説あるが、はっきりしたことは分からない。もしかしたら本書の解釈が正しいのかもしれない。このように思わせてくれるのも、作者の優れた手腕なのである。

 本書のラストで家康は軍政改革を断行し、茂兵衛は新たな地位を得る。これからどうなるのだろう。シリーズの今後から、ますます目が離せないのだ。

小説推理
2023年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク