登山途中に凍死 事故死に見せた完全犯罪

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黒い画集

『黒い画集』

著者
松本 清張 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101109190
発売日
1971/11/02
価格
1,265円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

登山途中に凍死 事故死に見せた完全犯罪

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「雪山」です

 ***

 高度経済成長が始まる昭和三十年代のはじめ、時代にゆとりが出たためだろう、登山ブームが起きた。

 信州に向かう夜行列車が出る新宿駅は、休日前の夜には大きなリュックを背負った登山客でにぎわった。

 井上靖の山岳小説『氷壁』はベストセラーになり、「ザイルは切れたか」が流行語になるほどだった。

 松本清張の山岳ミステリ「遭難」は昭和三十三年、この登山ブームのなかで書かれた。登山に殺人をからめたのが清張ならでは。

 夏の終わり、山好きの銀行員が北アルプスの鹿島槍ヶ岳に挑む。ベテラン、山登りが面白くなりはじめた中堅、それに初心者の三人。

 この登山で途中、霧と雨に悩まされた中堅の銀行員が凍死してしまった。

 不運な事故死だった。

 ところが、この事故の次第を初心者が山岳誌に発表したために事情が変わる。

 死んだ銀行員の従兄という山好きがその文章を読み、事故を不審に思う。銀行員の死は、事故のように見えながら、実は先輩のベテランによって仕組まれたものではないか。

 疑問を持った従兄は、その先輩と二人で冬、雪の鹿島槍に登り、本当に事故だったのかどうか検証しようと試みる。はたして――。

 ミステリにプロバビリティ(確率)の犯罪なるものがある。谷崎潤一郎の初期作「途上」が知られる。

 犯人は直接手を下さない。相手を危険な状況にそれとなく追いこみ事故死させる。

 山がみごとな完全犯罪の舞台になった。

新潮社 週刊新潮
2023年2月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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