『いくつになっても ぬいぐるみ愛』
書籍情報:openBD
『いくつになっても ぬいぐるみ愛 幸せの日々のために』松原敬三著(彩流社)
[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)
75歳男性 ほっこり哲学
変わった本で、読むのに少々コツが要る。何気(なにげ)なく読み始めると、「恋人とぬいぐるみ愛の両立」とか「大人の男子ぬいぐるみ愛好者には、自らの感情に率直で、揺らぎのない信念が求められる」などといったパワーワードの連発に面食らうかもしれない。私はこの本を、著者が生涯をかけて追求している“ぬいぐるみ道”の伝道書であると理解した。
おすすめの読み方は、まず「まえがき」で著者が七十五歳の男性であり、筋金入りのぬいぐるみ愛好家であることを押さえた後、なるべく早く第六章と第七章の「我がぬいぐるみ人生」を読むことだ。五歳だった著者とシロクマの「デッカチャン」との出会いに始まる、何体ものぬいぐるみとの交流の歴史は、読んでいて“ほっこり”が止まらない。というか、“ほっこり”という感情にこんなにも鮮烈なものがあることを初めて知った。
そして次に第八章で、著者のぬいぐるみ哲学に触れてほしい。ぬいぐるみ好きと聞くと、四六時中ぬいぐるみとベタベタしている人物を想像するかもしれないが、著者は「ぬいぐるみとの交わりは、淡き水のごとし」と説く。ぬいぐるみとは上下関係を作らず、あっさりとした対等な関係を保つのが理想であるという。つまり著者のぬいぐるみ愛は“依存”ではなく、愛らしい生き物をかたどった存在全般に対する“敬意”なのだ。
本書のハイライトは第三章から第五章だ。ここで語られる「生まれてから死ぬまでぬいぐるみと共に生きるためのノウハウ」は、もはやサバイバル術の様相を呈している。これらは「いい年をしてぬいぐるみなんて」「男のくせに」などといった世間の逆風を耐え忍んでいる同志たちへのメッセージだ。ぬいぐるみに限らず、他人に言いづらい趣味を持っている人は勇気づけられるのではないだろうか。好きなものに囲まれた人生は、こんなにも楽しい。