『長距離漫画家の孤独 通常版 (原題)THE LONELINESS OF THE LONG-DISTANCE CARTOONIST』エイドリアン・トミネ著(国書刊行会)
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- 著者
- エイドリアン・トミネ [著]/長澤あかね [訳]
- 出版社
- 国書刊行会
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784336074232
- 発売日
- 2022/11/22
- 価格
- 3,960円(税込)
書籍情報:openBD
『長距離漫画家の孤独 通常版 (原題)THE LONELINESS OF THE LONG-DISTANCE CARTOONIST』エイドリアン・トミネ著(国書刊行会)
[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)
売れっ子 自虐の回想録
有名な漫画家になる! カリフォルニア生まれの日系4世の著者は、そんな幼少期からの夢を見事に実現させる。高校時代に自費出版した作品で注目されて以来、30年以上作品を描き続け、独自のスタイルを築いてきた。
2017年に邦訳も出ている短編集『キリング・アンド・ダイング』は傑作で、表題作は米国で最も権威ある賞を受賞している。母が未来の子供に向けた手紙の体裁をとる短編「日本から戻ってみたけれど…」も余白の使い方が絶妙だ。著者がチェーホフやマンローなどの短編小説の名手たちと比べられるのも納得させられる。
日常の一場面を切り取る力も高く、ザ・ニューヨーカー誌の表紙なども多く手がけている著者は、村上春樹の『1Q84』の抜粋が同誌に掲載された際にも挿絵をまかされた。
誰もが羨むような成功を収めた40代の漫画家による回想録。そう聞くと、成功の秘訣(ひけつ)や自慢話が延々と語られているのでは、と身構える人もいるかもしれない。が、そんな心配は全く無用である。著者の漫画家としての最も鮮明な記憶は「恥ずかしい失敗」や「小さな屈辱」ばかり。書評で容赦なく叩(たた)かれたり、刊行イベントで他の著者の作品にサインを求められたり、業界の厳しい現実がユーモラスに描かれる。
「恥ずかしいよ 永久に消え去りたい」「この世から消えていいですか」と、失敗を繰り返すたびに弱音を吐く著者も、頼もしい人生の伴侶に恵まれる。守るべき家庭ができ、考え方が少し変わる……兆しもなくもないのだが、その自意識過剰ぶりは最後まで健在だ。
頭の中の独り言は、制御不能になると心や体に害を及ぼす。うまくコントロールする方法を解説する良書も最近注目されている。でも、できればエイドリアン・トミネには、その本を読まずに、今まで通り自らの「声」を磨き続けてほしい。そう願うのは、あまりにも自己中心的すぎるだろうか。長沢あかね訳。