『全ての叡智はローマから始まった 今も生きるローマ人の発想力』藤谷道夫著(さくら舎)

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全ての叡智はローマから始まった

『全ての叡智はローマから始まった』

著者
藤谷道夫 [著]
出版社
さくら舎
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784865813654
発売日
2022/11/10
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

『全ての叡智はローマから始まった 今も生きるローマ人の発想力』藤谷道夫著(さくら舎)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

現代都市に通じる普遍性

 古代ローマといえばテルマエ・ロマエ。某コミックでよく知られている主題だが、それが全館暖房の美術館付き健康スパで、奴隷も貴族も平等に楽しめる民主的な公共インフラで、遠くの山腹から衛生的な水道を引く高度な建築技術に支えられていたとなれば、さらに多くの人が知的興味をそそられることだろう。

 著者は高名なダンテ学者。本書によると、ローマ人の叡智(えいち)は他の古代文明と違って今日の生活に直結しており、中世や現代よりも優れていた点がある。たとえば、二千年前の水道が現在も使われているのはローマ市だけで、その水量は今の東京都より多い。当時のコンクリートと重機で建設されたパンテオンは長く修復不要で、絵葉書に見るコロッセオは、崩れたのではなく建築材が他に転用された末の姿である(って知らなかった)。古代ローマには、白内障の手術器具、女性用の下着や化粧品、歯磨き粉から発毛剤、ファストフード店まであったという。

 政治制度の叡智も光る。民主政というとギリシアを連想するが、ローマは五百年をかけてそれを練り上げた。要職はすべて何段階も選挙と実績を積んだ人がなるから、現代アメリカのようにいきなり素人が大統領選挙に出たり高官に抜擢(ばってき)されたりすることはない。「護民官」が擁立されていれば、住民無視の米軍基地が新設されることもなかっただろう。

 そういうローマも、やがて元老院の腐敗で変質し崩壊してゆく。権力は「説明しない」ことで高められるので、対抗策としてカエサルは四〇人もの速記者を雇って議事録を公開したという。戦争で荒れた耕地を農民が手放すと、大土地所有が始まり格差が増大する。没落農民は都市へ流入して社会不安を引き起こす。中産階級こそ民主政の担い手なのである。

 以前アフリカ北部を旅した際、荒野の中に忽然(こつぜん)とローマ時代の都市遺跡が現れて圧倒されたことがある。パリもロンドンも、結局はローマの再現を目指した都市だ。日常世界に縮こまったわれわれの目線を、ローマの普遍性という遥(はる)かな眺望へと開いてくれる一冊である。

読売新聞
2023年1月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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