<書評>『そして、よみがえる世界。』西式(にししき)豊 著

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そして、よみがえる世界。

『そして、よみがえる世界。』

著者
西式, 豊, 1967-
出版社
早川書房
ISBN
9784152101884
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『そして、よみがえる世界。』西式(にししき)豊 著

[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)

◆仮想現実が浸透した近未来

 仮想現実(コンピューターによって作られた人工的な世界)は私たちの日々に深く浸透している。たとえば、学生たちに「推し」を尋ねればわかる。次から次に出て来るのは、ゲームのキャラクターやアニメの登場人物なのだ。メタバース(三次元の仮想空間。没入性がさらに強くなる)が発達すれば、さらにこの流れは強まるだろう。

 仮想現実は今や、リアルな生活世界とは違う「もう一つの人生」のような重みを持ち始めている。二〇三六年という近未来を主舞台にした、この小説を読んで改めてそんなことを思った。アガサ・クリスティー賞大賞を受賞した長編だ。SFの楽しみも、ミステリーの面白さも味わえた。

 主人公は敏腕の脳神経外科医。彼は米国の病院に勤務していて、暴漢に襲われて脊髄を損傷し、首から下の知覚や運動機能を失った。しかし、医療科学技術の発展が彼に自立を促した。つまり、脳内インプラントによって、介助用ロボットや仮想空間でのアバター(自分の分身)を操作できるようになり、一人での生活が可能になったのだ。

 東京で暮らす彼の元に、かつての恩師から依頼が寄せられる。恩師は先端的な医療技術開発企業の役員をしており、その会社はメタバースや実験的な病院の運営もしている。恩師の依頼とは、入院中の失明している十六歳の少女に、人工的な視覚システムを埋め込む手術をしてほしいというものだった。

 手術は成功するのだが、その後、さまざまな謎が主人公を襲う。少女を脅かす黒い影。登場人物の不審な死。メタバースにおける異変。物語は大きく動いていく。

 読みやすくするために、工夫が施されている。未来の医療技術の説明には字数が割かれているし(何となくわかれば、読み進むことができる)、細切れの構成で、その場面が現実なのか、仮想空間なのか、絶えず、読者に明示される。

いくつもの布石が実を結んでいき、精密に構成されていることもわかってくる。仮想現実をキーワードに未来社会を垣間見る面白さがあった。

(早川書房・1980円)

1967年生まれ。作家。『そして、よみがえる世界。』でデビュー。

◆もう1冊

岡嶋二人著『クラインの壺』(講談社文庫)。現実と仮想世界が交錯するSFミステリー。

中日新聞 東京新聞
2023年1月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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