外国人技能実習生にコロナ感染症……日本の今を伝える佐々木譲の〈北海道警察〉シリーズの魅力

　佐々木譲による、〈北海道警察〉シリーズの最新作『樹林の罠』が刊行。コロナ禍を背景とした北海道の警察を描いた本作の読みどころを、書評家の若林踏さんが語る。

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「マスクを車の中に置いてきたことを思い出した。しかし、このままで通すしかない。相手が感染者ではないことを期待しつつだ」

これは『樹林の罠』で、津久井卓巡査部長がある男を取り押さえる場面である。“マスク”“感染者”という言葉でお察しの通り、津久井は男が新型コロナウイルス感染症に罹っていないか不安になったのだ。そう、佐々木譲の〈北海道警察〉シリーズでも、とうとうコロナ禍の状況が描かれるようになったのである。

本書は二〇〇四年より続く〈北海道警察〉シリーズの第一〇作目に当たる最新作である。札幌大通署刑事三課に所属する佐伯宏一警部補を中心に、複数の刑事たちの活躍を描く警察群像劇である本シリーズは、現代日本の風景を写し取った大河小説としての一面も持ち合わせている。例えば第三作『警官の紋章』では刊行の同年に開催された洞爺湖サミットが物語の背景に描かれていた。また第九作『雪に撃つ』では近年取り沙汰される外国人技能実習生の問題を取り扱い、いまの日本社会を蝕む病巣にもスポットを当てている。こうした時代を映す鏡としての役割を果たしてきた〈北海道警察〉シリーズが、コロナ禍を描くのは必然のことだったといえる。冒頭で佐伯が「ゴーツートラベル」キャンペーンに毒づいていることから分かる通り、本書は二度目の緊急事態宣言が明けた頃が舞台となっている。日本有数の歓楽街であるススキノもコロナによって大きな打撃を受けていたが、「ゴーツートラベル」によって札幌を訪れる観光客数は回復の兆しを見せていた。だが来訪者が増えるということは、歓楽街での刑事事案が増えるということでもある。そうした佐伯たち刑事の仕事に、コロナがどのような影響を与えるのかがさり気なく描かれている。こうしたディテールの豊かさが、日本のいまを伝える小説としての説得力に繋がっているのだ。

そんなコロナ禍によって変わった風景の中を、佐伯たち刑事が駆けずり回る。〈北海道警察〉シリーズは複数の事件を並行して描く、いわゆるモジュラー形式を使って書かれている。この形式の勘所は、それぞれの事件の様相をいかに異なるものとして描くことが出来るのかという点にある。本作のなかで最も不可解な事件は、津久井が担当する大通公園で起きた轢き逃げ事案だ。被害者は自ら車から降りて、ふらふらしながら車線にでてはねられるという奇妙な行動を取っていた。不審な点を辿りながら粘り強い捜査を行う津久井の姿と並んで、管内で起きた売春絡みのトラブルを処理する佐伯や、札幌の父親に会うために家出してきた少女を保護する生活安全課の小島百合巡査部長の様子が描かれていく。大小さまざまな事件が一体どのようにつながり、一つの大きな流れを成すのかという興味で引っ張っていく。各々が違う部署にいるにも拘わらず、あたかも一つの捜査チームのようにまとまっていく佐伯たち登場人物の連携プレイも健在だ。

先ほど述べたように〈北海道警察〉シリーズは、群像劇であると同時に年代記の要素を持った作品である。社会の移ろいとともに主要人物たちの人生にも常に変化が生じており、読者は作中人物たちと自身を重ね合わせながら、同じ時を刻んでいる感覚を覚えるはずだ。コロナ禍を描いた『樹林の罠』では、特にその傾向が強く感じられる。佐伯の部下である新宮昌樹は、前作『雪に撃つ』で出来た恋人と本書では顔を合わせることが出来ずに落胆している。看護師である恋人は新型コロナウイルスによって逼迫した医療状況のなかで働いており、新宮と会うことが叶わないのだ。私生活の変化は佐伯にも訪れており、父親の介護にコロナ禍が加わったことで、ほとんど外食をしない暮らしが続いているという記述が本書にはある。現実で起きた出来事が、作中の人物たちにどのような影響を与えているのか。こうした部分を描けるのも、大河警察小説の醍醐味だろう。彼らとともに自分もいまを生きているのだ、という実感を得ることが出来る稀有なシリーズであると、本書を読んで改めて認識した。

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