「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるようなこの場所で』刊行記念対談! 外山薫×麻布競馬場

対談・鼎談

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息が詰まるようなこの場所で

『息が詰まるようなこの場所で』

著者
外山 薫 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784047373402
発売日
2023/01/30
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるようなこの場所で』刊行記念対談! 外山薫×麻布競馬場

[文] カドブン

構成/吉田大助

■『息が詰まるようなこの場所で』刊行記念対談! 外山薫×麻布競馬場

タワーマンションに暮らし世間的には勝ち組と言われる生活者たちの悲哀を綴る、Twitter発のカルチャー・トレンド「タワマン文学」。その先駆者である窓際三等兵(@nekogal21)が、外山薫の名義で小説デビュー作『息が詰まるようなこの場所で』を刊行した。東京・湾岸地区のタワマンに暮らす住人たちが織りなすこの長編群像劇の、1人目の読者となったのは、Twitterの投稿をまとめたショートストーリー集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)が大ブレイク中の麻布競馬場。以前から厚い親交のある二人が、新しい東京像と文学像を語る。

「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう...
「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう…

▼『息が詰まるようなこの場所で』試し読み公開中
https://kadobun.jp/trial/ikigatsumaru/b7vn5fiaeaog.html

■タワマンを見上げる苦しみか
タワマンの中にいる苦しみか

麻布:『息が詰まるようなこの場所で』、めちゃめちゃ面白かったです。窓際三等兵のTwitterを見ている人は、みんな絶対不幸な話だろうと想像する気がするんですが……「こう来たか!」と。湾岸地区のタワマンが舞台ではありつつ、Twitterでやっているいつものタワマン文学とは明確に変えてきていますよね。ある意味でオーソドックスな大衆エンタメ小説を、お話から文章から何からクラシックに作っている。意外でした。

外山:KADOKAWAの編集さんから「本を出しませんか?」というお話をいただいた時、Twitterのタワマン文学をまとめた短編集を求められているのかなと思ったんですよ。正直、それはイヤだったんです。無料のTwitterで読めるものを、誰も1500円払って読まないだろうし。

麻布:耳が痛いです!

外山:いや、そう思っていたのに麻布君の本がバカ売れして反省しましたって話です(笑)。もともと、昔から長編小説を書いてみたかったんですよね。編集さんもそれで大丈夫ですと言ってくださったので、書くからにはちゃんとしたものを書きたいなと。普段Twitterではちょっと露悪的に尖らせているというか、読んだ人の心がザラっとなるように意識して書いているんですが、小説の場合はそうはしたくなかった。

麻布:著者の名義を外山薫にすると聞いた時は、「自意識出してきたな」って思いました(笑)。

外山:出版社的には「窓際三等兵」で出した方が絶対いいのは私もわかってるんですが、Twitterの自分と小説を書く自分は切り離したいって自意識がむくむくと出てきちゃいました(笑)。

麻布:とは言いつつ、やっぱりタワマン文学ではあるんですよね。今回の小説を読んで改めて気付いたことなんですが、僕が書いているものはあくまで外から見たタワマンなんです。「この人はタワマンに住んでいるから成功しているんですよ」という証明機能としてタワマンを使って、タワマンの下からタワマンを見上げる苦しみを書いている。外山さんがTwitterや小説で書くものは、タワマンの中にいる人の苦しみですよね。タワマンを題材にしながら、僕らは別種の苦しみを書いている。

外山:タワマンに住んでいる人たちって、世間一般で言ういい大学を出て、世間一般で言ういい会社に入って、ハタから見たら勝ち組だと思われている。でも、中に住んでいる人達に話を聞くと、みんな住宅ローンでひいひい言っていて、自分の子供が将来同じような暮らしをする「タワマンの再生産」のためにはいい大学に入れなきゃいけないって義務感から教育費もかさんでいる。車を持つ余裕なんてなくて、たいていカーシェアなんですよ。外から見れば幸せそうなんだけど、本人たちはあまり幸せそうじゃない。その落差は、特に今回の小説で書きたかったことですね。

■団地文学&ニュータウン文学と
令和のタワマン文学との違い

外山:私の書くものと麻布君の書くものとの最大の違いは、年齢層かなと思うんです。私のターゲットは同世代のアラフォー、子育て世代。我々世代にとっての大きな関心事って不動産であり、子供の教育なんですよ。だからこの小説は「湾岸・タワマン・中学受験」の三大トピックでできている。麻布君は、美味しいものとか、男女間のもつれとか、港区のキラキラを書いていますね。

麻布:僕が書いているのは独身者の苦痛で、外山さんが書いているのは既婚者の苦痛だと言えるのかもしれません。それって、地続きだと思うんですよ。僕が書く人の延長線上に、外山先生が書いている人がいる。家族、つまり結婚や子育てって、受験や就活が終わったあとの人生最後の自己実現のチャンスじゃないですか。ただ、たとえば子供ができても結局あらゆる苦しみから救われることはなくて、今度は自分じゃなく子供の受験とか、また別の不幸が降ってくるだけ。

外山:20代には20代の地獄があり、40代には40代の地獄がある。上には上がいて、その人たちには絶対追いつけないことがわかってしまっているから、心情的に満たされることはまずあり得ない。

麻布:「上には上がいる」という苦しみが、タワマンの階層によって表現されているのが面白かったです。それって今まで小説などで書かれてきた団地もの、ニュータウンものにはなかった要素じゃないかなと思う。団地やニュータウンの場合は、同じ街に住んでいる世帯間で明確な格差がある、ということはなかったので。

外山:モデルルームに行くと如実にわかりますよ。物件にもよるんですけど、値段が一階につき百万円くらい違うんです。小説の中でも書いたんですが、タワマンってどの地域にあって何階の何平米かがわかれば、値段がわりと簡単に推定できる。これは、我々の子供時代にはなかった。

麻布:個人的に「遺伝子ロンダリング」と呼んでいるんですが、いわゆる高度経済成長期に「三高」のサラリーマンが綺麗な嫁さんを捕まえて、その息子が潤沢な予算で育てられてまた三高サラリーマンになって綺麗な嫁さんを捕まえて……というロンダリングを、僕らは戦後三世代くらい経て生まれている子供なので、社会的な階級の再生産がばっちり済んでしまっている。豊かな家の子はより豊かに、そうでない子はより貧しくみたいに格差が開いた後の東京を、僕らは書いているんです。そこも団地やニュータウンが舞台だった頃の小説との大きな違いですよね。ただ、外山さんの方が悪趣味ですよ。僕が書いているのは独身者だからまだ自分の問題で済んでいるけど、外山さんは子供とか奥さんまで視野に入れている。自分のみじめらしさが家族に伝染していくのって、めちゃくちゃ怖いです。

外山:そこはね、怖いものなんです(苦笑)。

麻布:面白いなと思ったのは、今回の小説では、たとえば東大や早慶に行って、そこからエリートサラリーマンや士業になるみたいな、これまで最上のものとされてきた「国内で築き上げていくキャリア」をごりっごりに否定していましたよね。タワマンという閉じた環境の中にやってくる外部性として、海外のキャリア組家族を持ってきたのはどうしてなのか、ぜひ聞きたかった。

外山:Twitterで受験クラスターとか教育クラスターの人たちの言動が好きで、普段からよく見ているんです。この数年で、明らかに潮流が変わってきているんですよ。今まではSAPIXから中学受験で御三家に入って、鉄緑会から東大か医学部へ行くという成功の道筋があったんですが、その中に海外大学への進学という選択肢が出てきた。今までずっと正解だと思われていたものが、実は正解じゃないのかもしれない。これまで築き上げられてきたヒエラルキーとは違う、オルタナティブな道もあるのかもしれない。タワマン特有のヒエラルキー意識を揺さぶる意味でも、海外大学というネタを入れてみたんです。

■「湾岸・タワマン・中学受験」から
「文京区・狭小住宅・小学校受験」へ

外山:今回の小説では章ごとに語り手を変えて、4人の登場人物について書いていったんですが、自分の中では第1章の平田さやかが主人公なんです。まず第1章で自分の教育に悩み、もがいているさやかを書いて、第2章では「夫から見たさやか」、第3章では「高層階の奥様から見たさやか」、第4章では一番遠い存在である「息子の友達の父さんから見たさやか」を書いている。4人それぞれの心の地獄のことも書きつつ、他の3人からはさやかがどう見えるのかを書いていったら面白いものになるかなと思ったんですよね。

麻布:第3章で「高層階の奥様」、綾子が語り手になったのがよかったですね。なっていなければ、ただの嫌なキャラで終わっていたかもしれない。

外山:さやかは綾子に「マウンティングされた」と思っているんだけど、綾子からしたらさやかのことなんて眼中に入ってないってことがわかる作りになっています。マウンティングって結局、受け手の感情の問題なんですよね。そこをコミカルに書きたいなと思って綾子を語り手にしたんですが、書いていくうちに愛着が湧いてきていいキャラに育ちました。

麻布:僕は窓際三等兵の「古参」なんで、元ネタがわかるんですよ。バズったツイートの要素は小説の中にだいたい入っていましたよね。

外山:Twitterを読み返して、小説のヒントにすることは多かったです。自分で自分をパクる、みたいな(笑)。Twitter上に意図せず膨大なデータベースを作っていたおかげで、小説を書く時に悩むようなことはあまりなかったです。ただ、リアリティを高めることは必要だなと思って、結構取材はしたんです。銀行の人事制度や働き方、不祥事対応などを書き込むために、Twitterで知り合った人に「話を聞かせてもらえませんか?」とお願いして、金融関係の人とランチをご一緒したりとか。Twitterの相互フォロワーの医者の方からは、医療関係のディテールをがっつり教えてもらいました。その先生に言われて衝撃だったのは、「勤務医だったら頑張ってもタワマン12階ですね」って。それより上の階は、収入的にまず住めないらしいんですよ。「じゃあ、最上階に住むためにはどういう背景が必要ですか?」と聞いた答えが、第4章のお医者さんの人物設定の基になっています。

麻布:僕は、取材らしい取材はしないんです。いろいろな人の断片的な情報を集めて集めて、最終的に一人の人間にして書いている。そこにはもちろん、僕自身の心情も入り込んでいるんですが。

外山:麻布君は、長編を書かないの?

麻布:短いものを積み重ねていく方が向いているのかな、と今は思っています。日々の暮らしの中でその時々に思ったこととか、「こんな気持ち、自分にもあるな」と感じたことを瞬発的に書いていきたい。それが結果として今回みたいに本になったら嬉しいな、という感じです。

外山:麻布競馬場ファンの一人として思うのは、彼が書いていることって結構悲惨なんですよ。本当に救いがない話もあるんだけれども、文章がめっちゃくちゃうまいから、いいものを読んだなと思わされる。この美しい文章って、どこから出てくるんだろう。

麻布:どうだろう……。今言われてみて思ったのは、暗い話を暗いまま書くってつらいじゃないですか。苦い薬に甘い糖衣をかけるみたいな作業をしておかないと、読む側もしんどいし、書く側としてもしんどい。ただ吐き出すだけの日記だったら、こうはならないですね。僕の本に収録されている20の短編は、書き下ろしの1編を除いて全てインターネットに書いてきたものが基になっています。日記帳ではなくインターネットに書く、人に見せるものであるという認識が文章にも作用しているのかなと思います。外山さんの文章は、技巧に走るというよりもすごく平易でしたね。頭にスッと入ってくる。

外山:とにかく読みやすく、ストレスなく読めるようにと意識しました。この小説を書いている途中に麻布君の本が出て大ヒットしたので、麻布君の文章に影響された時期もあったんですよ。でも、自分が書いたものを読み返してみて、センスない奴がマネしても痛いだけだなと思って削りました。

麻布:わかります。僕の今の文章で長編をやったら、読む方は絶対疲れると思います。

外山:今回小説を書いてみて、とにかく楽しかったんですよ。私がやりたいのはこれだという確信が芽生えたんです。東京に住んでいる人間の渇きみたいなものをテーマに、年一冊ぐらいのペースで書けたら嬉しいなぁと思っていますね。今回は「湾岸・タワマン・中学受験」だったので、次は「文京区・狭小住宅・小学校受験」という、さらなる地獄を描いてみたい。いや、Twitterの露悪的な文章を書くのもすごい好きなんですよ? ネガティブな反応がブワッと届いた時は、ほらまた釣れた釣れたーみたいな快感があります。

麻布:趣味が悪ぃな!(笑)

■プロフィール

「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう...
「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう…

外山 薫(とやま・かおる)
1985年生まれ。慶應義塾大学卒業。会社員。著書に『息が詰まるようなこの場所で』。

「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう...
「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう…

麻布競馬場(あざぶけいばじょう)
1991年生まれ。慶應義塾大学卒業。会社員。著書に『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』。

■作品紹介

「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう...
「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう…

息が詰まるようなこの場所で
著者 外山 薫
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2023年01月30日

タワマン文学の先駆者、窓際三等兵の作品を元にした初の書下ろし長編小説!
タワマンには3種類の人間が住んでいる。資産家とサラリーマン、そして地権者だ――。
大手銀行の一般職として働く平田さやかは、念願のタワマンに住みながらも日々ストレスが絶えない。一人息子である充の過酷な受験戦争、同じマンションの最上階に住む医者一族の高杉家、そして総合職としてエリートコースを歩む同僚やPTAの雑務。種々のストレスから逃れたいと思ったとき、向かったのは親友・マミの元だった。かつては港区で一緒に遊び回り、夢を語り合った二人だったが――。
幸せとはなんなのだろう。
逃げ場所などない東京砂漠を生きる人々の焦燥と葛藤!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001622/

「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう...
「上には上がいる」地獄を、タワマンのヒエラルキーに乗せて。『息が詰まるよう…

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』
麻布競馬場
定価:1,540円(税込)
発売日:2022年9月5日

東京に来なかったほうが幸せだった?
Twitterで凄まじい反響を呼んだ、虚無と諦念のショートストーリー集。
詳細:https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-788083-0

■『息が詰まるようなこの場所で』試し読み公開中!

https://kadobun.jp/trial/ikigatsumaru/b7vn5fiaeaog.html

KADOKAWA カドブン
2023年01月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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