消えかかった焚き火をかきおこす女性による「口述の生活史」

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わたしは思い出す I remember

『わたしは思い出す I remember』

著者
AHA![Archive for Human Activities / 人類の営みのためのアーカイブ] [著、編集、企画・原案、写真]
出版社
remo[NPO法人記録と表現とメディアのための組織]
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784991076015
発売日
2023/01/11
価格
3,500円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

消えかかった焚き火をかきおこす女性による「口述の生活史」

[レビュアー] 都築響一(編集者)

 東日本大震災を扱った書籍が何冊ぐらい出ているのかわからないけれど、書店の棚を数列占領するくらいはあるだろう。『わたしは思い出す』はいちばん最近出版された震災関連本のひとつで、2010年6月に第一子を出産した日から「かおり」さん(仮名)がつけはじめた日記の11年分をまとめたものだ。4018日分、30万字超、832ページ、厚さ5・5センチ。一瞬たじろぐボリュームの、記憶の集積である。

 ここには津波に流される家々、荒廃した土地に立つ一本の木、強制避難で無人となった街、放射性廃棄物の山……ずっと見せられてきた震災のイメージはひとつも入っていない。出産間もなく未曾有の震災を体験し、そのなかで子どもを育ててきたひとりの女性による「口述の生活史」だ。

 大惨事の異様さを強調するのではなく、そのただなかで一日、一日ずつの日常を生きてきた人間の、普通の時間、普通でいられなくなる時間を、日記という文字による語りに転写すること。数百冊はあるだろう震災関連本のなかで、これほどパーソナルな記録を僕はほかに知らない。そして、かおりさんのように震災を受け止めながら日々の営みを続けているひとがどれほどいるのか、そのひとりひとりがこんなボリュームの本をつくれるほどの記憶を胸に秘めているのかと思うと、気が遠くなる。

 本書をまとめたのは大阪に拠点を置くAHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]。井の頭公園の動物園(井の頭自然文化園)にいた長寿ゾウ「はな子」の思い出を集めた『はな子のいる風景』や、世田谷区民から8mmフィルムを集めて保存公開する「穴アーカイブ」など、きわめてプライベートな記録から「時代の記憶」を浮かび上がらせるプロジェクトを続けている。消えかかった焚火をかきおこす火起こし棒のような、それはかぎりなく地味で、かぎりなく貴重な仕事だ。

新潮社 週刊新潮
2023年2月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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