北国の人間ならば誰しも覚えがある雪の怖ろしさ
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「雪山」です
***
子供の頃、宮沢賢治の童話が恐かった。小学校の教科書に載っていた「オツベルと象」ではオツベルが象に踏みつぶされるし、「よだかの星」のよだかは死んで星になる。「銀河鉄道の夜」も、ジョバンニと一緒に旅をしていたカムパネルラが実は死者であったことが最後に明かされる。
賢治の作品はおしなべて生と死の距離が近い。吹雪の山で遭難する兄弟を描いた『ひかりの素足』もそうだ。
父親の炭焼き小屋に泊りに来ていた兄弟が家に帰るために山を下りる途中、雪が降り始める。最初は〈小さな小さな乾いた雪のこなが少しばかり、ちらっちらっと〉落ちてくるだけだったが、やがて降り方がひどくなり、〈まるで粉のようにけむりのように舞いあがり、くるしくて息もつかれず、きもののすきまからはひやひやとからだにはいりました〉という状態になる。
強い風のせいで足元をさらさらと横に流れていく細かな雪、転んだときに雪の中に深く手を入れてしまい、起き上がれなくなる怖ろしさ……。雪国で育った人なら覚えがあるだろう。北海道で子供時代を過ごした私もそうで、残酷なまでにリアルかつ美しい描写にすっかり魅せられてしまった。
死に瀕した兄弟は、気がつくと、鞭をふるう鬼や、仏と思われる〈大きな人〉のいる国にいた。そこから、兄だけがこの世に戻ってくる。仏教説話の性格をもつ物語で、賢治自身は失敗作と考えていたらしいが、遭難を描いてこれほど清冽な作品を他に知らない。