『古代マケドニア王国史研究 フィリッポス二世のギリシア征服』澤田典子著(東京大学出版会)

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古代マケドニア王国史研究

『古代マケドニア王国史研究』

著者
澤田 典子 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784130261739
発売日
2022/11/30
価格
12,100円(税込)

書籍情報:openBD

『古代マケドニア王国史研究 フィリッポス二世のギリシア征服』澤田典子著(東京大学出版会)

[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)

世界史の「主客」逆転へ

 この本の主役は、古代ギリシアを征服したマケドニア王フィリッポス二世である。著者の澤田は、彼を中心に据えることで、王国の物語を書き換え、古代ギリシア史理解の転覆を試みる。

 古代ギリシアについて、我々はなにをか知っている。アテナイの民主政であれ、スパルタとの覇権争いであれ。プラトンやアリストテレスはいまだ西洋哲学史の起点である。しかし、マケドニアはどうか。アレクサンドロスの帝国が頭に浮かぶ程度だろうか。

 しかし、それはおおかた、文献史料を残したアテナイの物語であり、古代ローマ経由で雄弁に増幅され、西洋近代の憧れが投射された「世界史」である。

 マケドニアはその影だ。文明と野蛮の境目で、アテナイの衰退ゆえ登場する脇役だった。例外は神格化されたアレクサンドロス大帝だ。その強烈な輝きの下、以前の古代マケドニア王国史はかすむ。

 しかし、1970年代以降進んだ発掘作業を機に、再評価の機運が高まった。首都と思(おぼ)しきヴェルギナの墳墓から浮かび上がるのは、もともと豊かで、みずからの資源と才覚とでやがてギリシアを平定し、ペルシャ征伐に打って出る歴代のマケドニア王たちの姿である。

 つまり主客が逆なのだ。古代ポリスが「衰退」したゆえにマケドニアが出てきたのではない。マケドニアが「成功」したから、ギリシアはまだ力と富を残していたにもかかわらず征服されたのだ。

 それを主導したフィリッポス二世は、単なるアレクサンドロスの父ではない。苦難を乗り越え、軍事を改革し、政略・懐柔などの権謀術数を尽くしてギリシアを平定し、ペルシャ遠征に乗り出す直前に暗殺された、偉大な王だった。

 澤田は、30年に及ぶ格闘の末、フィリッポスの足跡を大著にまとめた。古今の西洋語を駆使し、墓や碑に当たる。厳格に時系列を整理し、定説と俗説、事実と神話をより分ける。鮮やかに蘇(よみがえ)ったのが、古代マケドニアの王国史である。

 重厚な研究書だが、一般の読者にも開かれた労作だ。饗宴(きょうえん)に値する。

読売新聞
2023年2月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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