「日本人のやることは手に取るようにわかる」そう言われた日本サッカーの認識を覆した遠藤航の凄さとは?

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勝村政信「日本人は、遠藤航のプレーの凄さを表す言語を持たなかった」

[レビュアー] 勝村政信(俳優)


遠藤航

 2022年11月に開催されたカタールワールドカップ。グループリーグで強豪のドイツとスペインを撃破したサッカー日本代表の活躍は日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。決勝トーナメント初戦で惜しくもクロアチアに敗れたが、世界で勝つために必要な何かを得たワールドカップになった。

 その一つが日本代表の躍進を支えた「遠藤航」の存在だろう。Jリーグのクラブチームを渡り歩き、25歳で海外へ挑戦した遠藤は、これまで日本人には不得手だと思われたことを覆し、ドイツ・ブンデスリーガで「デュエル王」となった。

「デュエル」。要するに1対1の対決で勝つ。このシンプルだが困難な課題を乗り越えた遠藤航の哲学とは何か? そのプレースタイルの凄さとは何か? そして日本のサッカーに与えた影響とは?

 遠藤航による『DUEL(デュエル)――世界に勝つために「最適解」を探し続けろ―』を読んだ、サッカー番組「FOOT×BRAIN」MCの勝村政信が、「遠藤航」という人物を軸に日本サッカーについて語った。

勝村政信・評「日本人は、遠藤航のプレーの凄さを表す言語を持たなかった」

 遠藤航という選手のことは、正直わからなかった。

 凄い選手なのか? そうではないのか?

 決してエリートではない。

 特筆すべきものがあるのかも、正直わからなかった。

 だか、その疑問への解答は、遠藤航が日本を離れてから、はっきりとわかることになる。

 遠藤航は得体の知れない「何か」を持っていた。

「何か」。

 遠藤航という原石は、埋もれてしまうはずだった、に違いない。

 その原石を発掘したのは、曹貴裁である。

 曹貴裁監督も、得体の知れない「何か」を持った人である。

 常人にはなかなか理解できない、異能の力を内包した特殊な人たち。

 その特殊な力は、同じ底知れぬ、特殊な力を持った人にしか理解できなかったのだ。

 その後、遠藤航と出会うのは、さらなる特殊な力を持った、戦士であり、名将でもあり、今は日本サッカー協会技術委員長の反町康治である。

 日本のサッカー選手の中でも、極めて特殊なキャリアを持ったスペシャルな人である。

 規制の枠組みに囚われることに常に疑問を持ち、その疑問を持ち続けられる力を持ったパーソナル。この国で、その力、勇気を持つことは、孤立を意味する。

 曹貴裁、反町康治は、その孤立を軽やかに受け入れて、空高く飛べる翼を持っている。それは、飛び抜けた頭脳という翼だ。

 そんな二人の薫陶を受けたのが、遠藤航なのだ。

 この得体の知れない特殊な能力を、日本人は言語化できなかった。日本人は、理解できないものは、理解できないカテゴリーに押し込んで蓋をする。そして忘れ去る。

 だが2015年、フランスからやって来たこだわりの強い名将・ハリルホジッチが、日本では聞き慣れない「デュエル」という言葉を持ち込んだ。

 新しい物が大好きな日本人は、この言葉を喜んで受け入れた。オシャレでかっこよく、目新しくて響きのよい言葉。新し物好きの日本人には受け入れやすかった。だが、その本来の意味を理解する人は少なかった。

「デュエル」。

「デュエル」の意味を調べると、「ボールの奪い合いで勝つ身体能力の強さ」と出てくる。

 一見わかりやすそうだが、とても抽象的な文章だ。

 この文章を正確に理解することは、日本人には難しい。実際にその土地の歴史、民族、言語に触れないと、本来の言葉の意味などわかるはずがないからだ。

 遠藤航は、Jリーグのクラブ数チームを渡り歩き、日本を出た。

 日本で多くの経験を積んで海外へ挑戦した。と言えば聞こえはいいが、25歳での挑戦のリスクは計り知れない。

 ベルギーで1年目のキャリアを積み、そして世界でも屈指のフィジカルとメンタルを併せ持つ、ドイツへと旅立った。「デュエル」の意味を理解している強者たちの国に、遠藤航は戦いの場を移したのだ。

 日本では遠藤航の底知れない、特殊な能力は、日本人には理解されなかったが、欧州の人々は、その特殊な能力を簡単に言語化していた。


主催する『月刊・遠藤航』では恩師、曹貴裁監督と対談を行なった

 欧州では遠藤航のプレースタイルを、当たり前に理解し、ドイツのブンデスリーガが、「デュエル王」の称号まで与えてくれたのだ。それほど大きくもない日本人プレーヤーに、である。

 日本人は、その称号を耳にした瞬間に、得体の知れない特殊な能力、「何か」の意味を、具体的に、正確に理解することができたのだ。

 日本人は、遠藤航のプレーの凄さを表す言語を持たなかった。

 それは、中田英寿にも当てはまる。中田英寿も自分で世界を切り拓いた。そして最終的な進化の形として、サッカーを通して、素晴らしい「人間力」を手に入れた。

 僕ら普通の日本人には、彼らのスケールが大きすぎて、細部しか見ることができなかったのだ。鍛え抜かれた圧倒的な頭脳で、いとも簡単に相手からボールを奪うという言語を、日本人は持つことができなかった。

 遠藤航は、日本人が不得手だとされていたことを、軽やかに実践していたのだ。しかも、独自のやり方で。

 遠藤航は、日本サッカーの未来の扉を開く鍵だったのだ。

 今までの日本にも、もちろん得体の知れない特殊な能力、「何か」を持った選手はいた。だが日本人は、言語化されていない恐怖の存在にパニックに起こし、蓋をしようとした。

 ここで間違えてはいけないのが、「デュエル」の意味だ。

 ボールの奪い合いで勝つ「身体能力の強さ」の「強さ」の意味である。

「デュエル」の強さとは、身体能力の強さとは、飛び抜けた頭脳である。

 飛び抜けた頭脳とは、サッカーIQの高さと、それを実践できる、ロジカルな身体である。

 遠藤航は、相手とぶつかり合う身体の強さを褒められている訳ではない。

 相手との呼吸、間を理解し、予測し、最短距離で、相手より先に相手のボールに触ることができる。その圧倒的な頭脳の高さと、それを実践できるロジカルな身体を褒められているのだ。

 まるで、五感以外の感知能力、六番目の感覚機能、シックスセンスも持っているかのように。この目に見えない感覚を持つ者に対して、僕らは軽い違和感を覚えて、理解する努力を怠ってしまっていたのだろう。

「デュエルの強さ」とは、「遠藤航の強さ」とは、圧倒的な頭の良さなのだ。そして、その明晰な頭脳の命令を確実に体現できる、ロジカルな身体なのだ。


少年時代から憧れの中村俊輔さんと欧州やW杯について語り合った(C)『月刊・遠藤航』

 遠藤航は日本サッカーの未来の鍵になる。

 さほど大きくない身体の持ち主が、デュエル王になれた。

 規格内の体格の持ち主が、規格外の称号を手に入れたのだ。

 遠藤航の活躍で、今まで日本人が不得手としていたものが消失したのだ。

 これは偶然ではないのだ。

「デュエル」を体現するということは、頭の良さに磨きをかけ続けることなのだ。遠藤航は、極限まで自分を磨き続けることにより、六つ目の感覚を手に入れたのだ。

 遠藤航の強さ。

 日本人が目指す場所は、日本サッカーの未来の扉を開く鍵は、まさに遠藤航だったのだ。

 この本『DUEL 世界に勝つために「最適解」を探し続けろ』の中に書かれている、「正解などない」それは、子育て、サッカーだけではなく、僕の生業とする、芸能の世界でも同じである。

 舞台でも、毎日同じことをするが、まったく同じこと、そして、正解などないのである。だから、同じ作品を何度も、人が変わっても続けていけるのだ。生きるということに、正解などはないのだ。


出場した試合を振り返る「Pick Up Match」などの配信が本作の原点となっている

 そして遠藤航は「最適解」という表現にたどり着いた。以前、サンパウロに取材に行った時に、サンパウロのユースのコーチと話す機会があった。

 彼は、Jリーグがたくさんのブラジル人を呼んでくれている現状に、感謝の言葉を述べた後に、「日本人のサッカーの技術は目を見張るものがある。もしかしたら、ブラジルの選手以上かも知れない」と言ってくれた。

 もちろんリップサービスも入っていたと思うが、そのコーチは続けた。「でも、試合になったらブラジルは絶対に日本に負けない。なぜだかわかるかい? 日本人のやることは、わかるんだ。手に取るようにわかるからだ」と言った。

 そして、「でもブラジル人は、試合中に何をやるかわからないんだ。だって、本人たちも何をやるかなんてわかってないんだから。誰にも、自分にも予測ができない。だから、誰もブラジル人を止められないんだ」と笑った。

 遠藤航の言う、「最適解」の答えがここにある。

 カタールワールドカップで、日本代表の戦士たちは、ある意味、自分たちでもわからない「何か」の尻尾を掴んだ。

 自分たちだけで、真剣なミーティングで確認しあい、調整しあい、実践する。そして、試合中に、戦術を変化させていく。これまでの日本代表ができなかったことを、見事に乗り越えたのだ。

「デュエル」という言葉を持ち込み、遠藤航の能力を、その言葉によって浮き立たせたハリルホジッチ。彼は日本代表の監督時代、戦術を見直すようミーティングを要求する選手を切り捨てた。

 ハリルホジッチに能力を浮き立たせられた遠藤航は、ミーティングによって日本代表を強力な集団に変えた。不思議な縁でもある。

 勝つために正解を出す監督。

 勝つために正確はないと言い放つ遠藤航。

 これまでのワールドカップで、日本代表が逆転勝ちをしたことはなかった。ドイツ戦でも、スペイン戦でも、さまざまな要素が重なって、日本はワールドカップ優勝国を相手に、先制された後、見事な逆転勝ちを見せてくれた。

 しかし、2戦目のコスタリカのまさかの戦法の前に、ミスを犯し、なす術なく敗れた。

 敗れはしたが、コスタリカ戦、クロアチア戦を経験した日本代表は、次なるステージに立つ筋肉がついた。

 遠藤航に久しぶりに会った、曹貴裁監督が言った言葉。

「航は出会ったときから同じミスを繰り返さなかった」

 今後日本代表も、ワールドカップで同じミスを繰り返すことはないだろう。

 この本の中には、遠藤航が詰まっている。この本の中には、本当の「デュエル」と「日本サッカーの未来の鍵」が詰まっている。

 ***

【遠藤航略歴】

1993年2月9日生まれ。神奈川県出身。中学3年時に湘南ベルマーレユースからオファーを受け、神奈川県立金井高校進学と同時に湘南ベルマーレユースに入団。2010年、湘南ベルマーレに2種登録選手として登録され、Jリーグデビューを果たすと11年よりトップチームに昇格。主力選手として活躍し、19歳でキャプテンも務める。15年に浦和レッズに完全移籍。17年にはAFCチャンピオンズリーグで優勝し、初の国際タイトルを獲得した。また、2015年には日本代表に初選出され、ロシアワールドカップのメンバー入り。同年ベルギーのシント=トロイデンWへ完全移籍。19年8月にVfBシュツットガルトへ期限付き移籍。主軸として1部昇格に貢献、20年4月に完全移籍となる。20-21、21-22シーズンと連続でブンデスリーガ1位のデュエル勝利数を記録。21-22シーズンからはキャプテンを務めるなどチームの中心として活躍。日本代表としても不動のボランチとしてカタールワールドカップアジア最終予選を戦った。

JBpress
2023年2月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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