『DUEL : 世界に勝つために「最適解」を探し続けろ』
- 著者
- 遠藤, 航, 1993-
- 出版社
- ワニブックス (発売)
- ISBN
- 9784847072284
- 価格
- 1,650円(税込)
書籍情報:openBD
勝村政信「日本人は、遠藤航のプレーの凄さを表す言語を持たなかった」
[レビュアー] 勝村政信(俳優)
2022年11月に開催されたカタールワールドカップ。グループリーグで強豪のドイツとスペインを撃破したサッカー日本代表の活躍は日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。決勝トーナメント初戦で惜しくもクロアチアに敗れたが、世界で勝つために必要な何かを得たワールドカップになった。
その一つが日本代表の躍進を支えた「遠藤航」の存在だろう。Jリーグのクラブチームを渡り歩き、25歳で海外へ挑戦した遠藤は、これまで日本人には不得手だと思われたことを覆し、ドイツ・ブンデスリーガで「デュエル王」となった。
「デュエル」。要するに1対1の対決で勝つ。このシンプルだが困難な課題を乗り越えた遠藤航の哲学とは何か? そのプレースタイルの凄さとは何か? そして日本のサッカーに与えた影響とは?
遠藤航による『DUEL(デュエル)――世界に勝つために「最適解」を探し続けろ―』を読んだ、サッカー番組「FOOT×BRAIN」MCの勝村政信が、「遠藤航」という人物を軸に日本サッカーについて語った。
勝村政信・評「日本人は、遠藤航のプレーの凄さを表す言語を持たなかった」
遠藤航という選手のことは、正直わからなかった。
凄い選手なのか? そうではないのか?
決してエリートではない。
特筆すべきものがあるのかも、正直わからなかった。
だか、その疑問への解答は、遠藤航が日本を離れてから、はっきりとわかることになる。
遠藤航は得体の知れない「何か」を持っていた。
「何か」。
遠藤航という原石は、埋もれてしまうはずだった、に違いない。
その原石を発掘したのは、曹貴裁である。
曹貴裁監督も、得体の知れない「何か」を持った人である。
常人にはなかなか理解できない、異能の力を内包した特殊な人たち。
その特殊な力は、同じ底知れぬ、特殊な力を持った人にしか理解できなかったのだ。
その後、遠藤航と出会うのは、さらなる特殊な力を持った、戦士であり、名将でもあり、今は日本サッカー協会技術委員長の反町康治である。
日本のサッカー選手の中でも、極めて特殊なキャリアを持ったスペシャルな人である。
規制の枠組みに囚われることに常に疑問を持ち、その疑問を持ち続けられる力を持ったパーソナル。この国で、その力、勇気を持つことは、孤立を意味する。
曹貴裁、反町康治は、その孤立を軽やかに受け入れて、空高く飛べる翼を持っている。それは、飛び抜けた頭脳という翼だ。
そんな二人の薫陶を受けたのが、遠藤航なのだ。
この得体の知れない特殊な能力を、日本人は言語化できなかった。日本人は、理解できないものは、理解できないカテゴリーに押し込んで蓋をする。そして忘れ去る。
だが2015年、フランスからやって来たこだわりの強い名将・ハリルホジッチが、日本では聞き慣れない「デュエル」という言葉を持ち込んだ。
新しい物が大好きな日本人は、この言葉を喜んで受け入れた。オシャレでかっこよく、目新しくて響きのよい言葉。新し物好きの日本人には受け入れやすかった。だが、その本来の意味を理解する人は少なかった。
「デュエル」。
「デュエル」の意味を調べると、「ボールの奪い合いで勝つ身体能力の強さ」と出てくる。
一見わかりやすそうだが、とても抽象的な文章だ。
この文章を正確に理解することは、日本人には難しい。実際にその土地の歴史、民族、言語に触れないと、本来の言葉の意味などわかるはずがないからだ。
遠藤航は、Jリーグのクラブ数チームを渡り歩き、日本を出た。
日本で多くの経験を積んで海外へ挑戦した。と言えば聞こえはいいが、25歳での挑戦のリスクは計り知れない。
ベルギーで1年目のキャリアを積み、そして世界でも屈指のフィジカルとメンタルを併せ持つ、ドイツへと旅立った。「デュエル」の意味を理解している強者たちの国に、遠藤航は戦いの場を移したのだ。
日本では遠藤航の底知れない、特殊な能力は、日本人には理解されなかったが、欧州の人々は、その特殊な能力を簡単に言語化していた。
欧州では遠藤航のプレースタイルを、当たり前に理解し、ドイツのブンデスリーガが、「デュエル王」の称号まで与えてくれたのだ。それほど大きくもない日本人プレーヤーに、である。
日本人は、その称号を耳にした瞬間に、得体の知れない特殊な能力、「何か」の意味を、具体的に、正確に理解することができたのだ。
日本人は、遠藤航のプレーの凄さを表す言語を持たなかった。
それは、中田英寿にも当てはまる。中田英寿も自分で世界を切り拓いた。そして最終的な進化の形として、サッカーを通して、素晴らしい「人間力」を手に入れた。
僕ら普通の日本人には、彼らのスケールが大きすぎて、細部しか見ることができなかったのだ。鍛え抜かれた圧倒的な頭脳で、いとも簡単に相手からボールを奪うという言語を、日本人は持つことができなかった。
遠藤航は、日本人が不得手だとされていたことを、軽やかに実践していたのだ。しかも、独自のやり方で。
遠藤航は、日本サッカーの未来の扉を開く鍵だったのだ。
今までの日本にも、もちろん得体の知れない特殊な能力、「何か」を持った選手はいた。だが日本人は、言語化されていない恐怖の存在にパニックに起こし、蓋をしようとした。
ここで間違えてはいけないのが、「デュエル」の意味だ。
ボールの奪い合いで勝つ「身体能力の強さ」の「強さ」の意味である。
「デュエル」の強さとは、身体能力の強さとは、飛び抜けた頭脳である。
飛び抜けた頭脳とは、サッカーIQの高さと、それを実践できる、ロジカルな身体である。
遠藤航は、相手とぶつかり合う身体の強さを褒められている訳ではない。
相手との呼吸、間を理解し、予測し、最短距離で、相手より先に相手のボールに触ることができる。その圧倒的な頭脳の高さと、それを実践できるロジカルな身体を褒められているのだ。
まるで、五感以外の感知能力、六番目の感覚機能、シックスセンスも持っているかのように。この目に見えない感覚を持つ者に対して、僕らは軽い違和感を覚えて、理解する努力を怠ってしまっていたのだろう。
「デュエルの強さ」とは、「遠藤航の強さ」とは、圧倒的な頭の良さなのだ。そして、その明晰な頭脳の命令を確実に体現できる、ロジカルな身体なのだ。
遠藤航は日本サッカーの未来の鍵になる。
さほど大きくない身体の持ち主が、デュエル王になれた。
規格内の体格の持ち主が、規格外の称号を手に入れたのだ。
遠藤航の活躍で、今まで日本人が不得手としていたものが消失したのだ。
これは偶然ではないのだ。
「デュエル」を体現するということは、頭の良さに磨きをかけ続けることなのだ。遠藤航は、極限まで自分を磨き続けることにより、六つ目の感覚を手に入れたのだ。
遠藤航の強さ。
日本人が目指す場所は、日本サッカーの未来の扉を開く鍵は、まさに遠藤航だったのだ。
この本『DUEL 世界に勝つために「最適解」を探し続けろ』の中に書かれている、「正解などない」それは、子育て、サッカーだけではなく、僕の生業とする、芸能の世界でも同じである。
舞台でも、毎日同じことをするが、まったく同じこと、そして、正解などないのである。だから、同じ作品を何度も、人が変わっても続けていけるのだ。生きるということに、正解などはないのだ。
そして遠藤航は「最適解」という表現にたどり着いた。以前、サンパウロに取材に行った時に、サンパウロのユースのコーチと話す機会があった。
彼は、Jリーグがたくさんのブラジル人を呼んでくれている現状に、感謝の言葉を述べた後に、「日本人のサッカーの技術は目を見張るものがある。もしかしたら、ブラジルの選手以上かも知れない」と言ってくれた。
もちろんリップサービスも入っていたと思うが、そのコーチは続けた。「でも、試合になったらブラジルは絶対に日本に負けない。なぜだかわかるかい? 日本人のやることは、わかるんだ。手に取るようにわかるからだ」と言った。
そして、「でもブラジル人は、試合中に何をやるかわからないんだ。だって、本人たちも何をやるかなんてわかってないんだから。誰にも、自分にも予測ができない。だから、誰もブラジル人を止められないんだ」と笑った。
遠藤航の言う、「最適解」の答えがここにある。
カタールワールドカップで、日本代表の戦士たちは、ある意味、自分たちでもわからない「何か」の尻尾を掴んだ。
自分たちだけで、真剣なミーティングで確認しあい、調整しあい、実践する。そして、試合中に、戦術を変化させていく。これまでの日本代表ができなかったことを、見事に乗り越えたのだ。
「デュエル」という言葉を持ち込み、遠藤航の能力を、その言葉によって浮き立たせたハリルホジッチ。彼は日本代表の監督時代、戦術を見直すようミーティングを要求する選手を切り捨てた。
ハリルホジッチに能力を浮き立たせられた遠藤航は、ミーティングによって日本代表を強力な集団に変えた。不思議な縁でもある。
勝つために正解を出す監督。
勝つために正確はないと言い放つ遠藤航。
これまでのワールドカップで、日本代表が逆転勝ちをしたことはなかった。ドイツ戦でも、スペイン戦でも、さまざまな要素が重なって、日本はワールドカップ優勝国を相手に、先制された後、見事な逆転勝ちを見せてくれた。
しかし、2戦目のコスタリカのまさかの戦法の前に、ミスを犯し、なす術なく敗れた。
敗れはしたが、コスタリカ戦、クロアチア戦を経験した日本代表は、次なるステージに立つ筋肉がついた。
遠藤航に久しぶりに会った、曹貴裁監督が言った言葉。
「航は出会ったときから同じミスを繰り返さなかった」
今後日本代表も、ワールドカップで同じミスを繰り返すことはないだろう。
この本の中には、遠藤航が詰まっている。この本の中には、本当の「デュエル」と「日本サッカーの未来の鍵」が詰まっている。
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【遠藤航略歴】
1993年2月9日生まれ。神奈川県出身。中学3年時に湘南ベルマーレユースからオファーを受け、神奈川県立金井高校進学と同時に湘南ベルマーレユースに入団。2010年、湘南ベルマーレに2種登録選手として登録され、Jリーグデビューを果たすと11年よりトップチームに昇格。主力選手として活躍し、19歳でキャプテンも務める。15年に浦和レッズに完全移籍。17年にはAFCチャンピオンズリーグで優勝し、初の国際タイトルを獲得した。また、2015年には日本代表に初選出され、ロシアワールドカップのメンバー入り。同年ベルギーのシント=トロイデンWへ完全移籍。19年8月にVfBシュツットガルトへ期限付き移籍。主軸として1部昇格に貢献、20年4月に完全移籍となる。20-21、21-22シーズンと連続でブンデスリーガ1位のデュエル勝利数を記録。21-22シーズンからはキャプテンを務めるなどチームの中心として活躍。日本代表としても不動のボランチとしてカタールワールドカップアジア最終予選を戦った。