『シチリアの奇跡』
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<書評>『シチリアの奇跡 マフィアからエシカルへ』島村菜津 著
[レビュアー] 内澤旬子(文筆家・イラストレーター)
◆食に社会正義を取り戻す
シチリアマフィアといえば、映画『ゴッドファーザー』だ。フィクションだとわかっているつもりでも、もの悲しいメロディと共に「美学のある悪」というイメージが脳に染み付いている。現実のマフィアはどうなのか。
マフィアのルーツは中世から続く秘密結社というのは都市伝説に過(す)ぎず、実は歴史は案外浅い。封建制社会から近代国家へと移行する過程で、労働者を安い賃金で管理したり、農産物を運ぶ際に私的護衛をつけるために生まれたのだという。時期としては一八六一年のイタリア統一以後のこと。以来大戦を経て大企業や政治家と繋(つな)がり、暗躍する。
本書の前半ではマフィアと戦い殺された人々を、反マフィア活動を展示した施設と共に紹介。爆殺、誘拐、遺体を酸で溶かす、などなど身も凍るエピソードが満載で、しかも田舎らしい人間関係の狭さの中で多くの人が犠牲になった。恐ろしくて沈黙せざるをえなかった人がほとんどだったろう。それでも屈せずに命を賭してマフィアに立ち向かった人々の姿に、ひたすら圧倒される。
後半は、法改正と摘発が進み、少しずつマフィアの影響力が弱まってきた二〇〇〇年代以降、ネガティブなイメージから脱却し、本来の魅力、美しい自然と美味(おい)しい農産物をアピールする試みを紹介。元々シチリア島はオリーブや葡萄(ぶどう)などの在来品種が豊富なため、それらをマフィアから押収した土地で有機栽培し、労働者を正当な対価で雇い、オイルやワインに正当な方法で加工。そうしてできた製品を使った料理を提供する店は、マフィアへのみかじめ料を支払わない。心ある消費者が安心してシチリアを観光し、お金を使うことができるよう、徹底的にクリーンでエシカルな産業を作り上げた。
著者がずっと追い続けてきたあるべき食の形が社会正義と直結するのはわかっているつもりだったが、時として命懸けとなるとまでは思い至らなかった。島民が地道に築いた“奇跡”がこのままマフィアに屈さず大きく育っていくことを願ってやまない。
(新潮新書・902円)
1963年生まれ。ノンフィクション作家。著書『スローフードな人生!』など。
◆もう1冊
二村悟ほか著、小野吉彦写真『食と建築土木』(LIXIL出版)