独特の寄り道具合に中毒性。どこに向かうかわからぬ話をこれだけ読ませる名人芸。

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  • 小説家の四季 1988-2002
  • 小説家の四季 2007-2015
  • 完本 チャンバラ時代劇講座 1
  • 完本 チャンバラ時代劇講座 2
  • 言わなければよかったのに日記

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独特の寄り道具合に中毒性。どこに向かうかわからぬ話をこれだけ読ませる名人芸。

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 佐藤正午が一九八八年から三か月ごとに発表、今も続いているエッセイ連載が、『小説家の四季 1988-2002』『小説家の四季 2007-2015』として岩波現代文庫に入り、通して読めるようになった。

 何度かの中断をはさんで、実に四半世紀以上にわたって書き継がれてきたことになる。執筆に使う道具や、友だちの映画監督から伝授されるスパゲティのレシピに時の流れを感じる。

 出無精で、佐世保の街からほとんど出ない。エッセイは基本、作家が「金太郎飴」と呼ぶ変化の少ない日常の話が中心になる。高校の同級生や編集者との会話の中から浮かび上がる小さな疑問が膨らみ、著者の小説同様、予測不能な方向に転がり始める。一回で終わらず、季節をまたいで続くこともあり、独特の寄り道具合に中毒性がある。

 小説を何度も書きあぐねるが、ひとたび着手すると集中して、完成時には体重が五キロ減ったりする。見合い話に困惑していた青年は、二巻目の終わりで還暦を迎えた計算だ。どうかこのまま連載を続けて老年期も記録してほしい。

 話がどこに向かうかわからないということで、橋本治『完本 チャンバラ時代劇講座1・2』(河出文庫)も挙げておきたい。こんな本が出ていたとは文庫になるまで知らなかった。

 橋本が説くのは、チャンバラ映画の「面白さの内側にある重要なもの」で、歴史としてではなく、自分の体験にもとづく考察なので、抜群の説得力がある。

 チャンバラ映画は「好きだったけど、別に詳しいとかっていう訳じゃない」のに原稿用紙にして千四百枚の大著が書けるのもすごい。

『楢山節考』で作家デビューした深沢七郎が、井伏鱒二、武田泰淳、石坂洋二郎といった文壇の先輩作家たちを訪ね、交流する姿を描くのが『言わなければよかったのに日記』(中公文庫)。

 深沢は、遠慮がちなようで唐突に自分の聞きたいことを聞く。正宗白鳥に「先生は酒の……、菊正宗の……?」と聞いて、「ボクはそんな家とは何の関係もないよ」と言われるところは何度読んでも笑ってしまう。

新潮社 週刊新潮
2023年2月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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