『人はなぜ物を欲しがるのか (原題)POSSESSED 私たちを支配する「所有」という概念』ブルース・フッド著(白揚社)

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人はなぜ物を欲しがるのか

『人はなぜ物を欲しがるのか』

著者
ブルース・フッド [著]/小浜杳 [訳]
出版社
白揚社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784826902441
発売日
2022/12/14
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

『人はなぜ物を欲しがるのか (原題)POSSESSED 私たちを支配する「所有」という概念』ブルース・フッド著(白揚社)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

「所有」 人に取り憑く悪魔

 原題からして刺激的である。現代人は所有するかに見えて、実は悪魔に所有され憑(つ)かれている(possessed)。マルクスは商品の、ホビットは指輪の、現代人はインスタグラムの物神崇拝(フェティシズム)に取り憑かれている。だからこれは現代版「悪魔祓(ばら)い」の書である。

 人は何ももたずにこの世に生まれ、何ももたずにこの世を去る。にもかかわらず、われわれの所有欲は留(とど)まるところを知らない。多くもてばそれだけ幸せになれると思っている。所有するのは人間だけだ。そして、何かを欲しがることは、必要を満たすことと同じではない。所有(ownership)は、自己(own)の延長なのだ。

 導入には、中古で買った燻製(くんせい)用グリルに人間の足が入っていた、というキッチュな事件が語られている。その顛末(てんまつ)はともかく、「人は自己の肉体の所有者か」という問いは今も未解決だ。我が身を傷つける自殺や入れ墨は、多くの国や文化で違法だった。しかし臓器売買は、今やいくつかの国では完全に合法である。所有を「処分権」で考えているからだ。その理屈で言うと、美術品蒐集(しゅうしゅう)家がレンブラントの絵をダーツの的にして遊んだり、タリバンがバーミヤンの大仏を爆破したりするのは合法的ということになる。はたしてそれでよいのだろうか。

 伝統的な議論では、哲学者ロックが定住と耕作に所有の起源を見たが、その同じ論理はイギリス人植民者がアメリカ先住民の土地をさん奪する際にも使われている。ただし、泥棒でも所有を続けると所有権をもつ。「権利の上に眠る者は保護しない」という英米法の決まりらしい。

 「ほかの子に人気のあるおもちゃを欲しがる子ども」に触れながら、思想家ジラールの「欲望の三角形」に何の言及もないのは残念である。結局のところ、所有とは社会的なアイデンティティの象徴でありその証明なのだ。とすれば、人が社会的動物である限り、この悪魔を祓うのは不可能なのかもしれない。小浜杳(はるか)訳。

読売新聞
2023年2月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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