「“母親になって後悔してる”なんて言うなら産むな」 激しい反発を受けた理由とは?【村井理子と鹿田昌美が語る〈前編〉】

対談・鼎談

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母親になって後悔してる

『母親になって後悔してる』

著者
オルナ・ドーナト [著]/鹿田 昌美 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784105072711
発売日
2022/03/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「“母親になって後悔してる”なんて言うなら産むな」 激しい反発を受けた理由とは?【村井理子と鹿田昌美が語る〈前編〉】

[文] 新潮社


子供のことは愛しているけど……

「母親になって後悔してる」と「子供を産まなければよかった」はイコールではない

「今の知識と経験を踏まえて、過去に戻ることができるとしたら、それでも母になりますか?」

 この問いに「いいえ」と答えた女性23人へのインタビューを元に、イスラエルの研究者オルナ・ドーナトが書いた『母親になって後悔してる』。2022年3月に日本で刊行されるや否や、SNSを中心に大きな反響を呼びました。

「子どもを産んで後悔してるなんて、絶対に言ってはいけない」という反発の声もあれば、「今まで胸に秘めていた想いを代弁してくれた」という肯定の声もあります。なぜ議論が真っ二つに割れたのか。母親が後悔を抱くのはなぜか。前後編にわたり、10代の子を持つ母親の翻訳家2名が、現代社会における母親という存在に向き合います。

 前編では、『母親になって後悔してる』を翻訳した鹿田昌美さんと、刊行直後からこの本に共感を示し議論を巻き起こした翻訳家の村井理子さんが、世間の受け止め方や自分自身が考えたこと、そして「母親になって後悔してる」という問題を議論する上で重要なポイントを語り合いました。

荒れ狂う「わかりみ本線日本海」

鹿田 はじめまして、『母親になって後悔してる』が3月に出版された直後から、村井さんがずっとSNSなどで応援してくださっていたのを拝見しておりました。ありがとうございます。

村井 はじめまして。お話しできてうれしいです。こちらこそ素晴らしい本を読ませていただきました、ありがとうございます。

 まず、『母親になって後悔してる』というタイトルを見た瞬間に心を揺さぶられて、思わずツイッターに「わかりみ本線日本海」と何の考えもなく書き込んだだけで、あそこまでバズるとは思いませんでした(編集部註:12月13日現在、1万弱の「いいね」がついている)。

鹿田 担当編集者から「あの本についてのツイートがバズっています」と教えていただいて知ったのですが、「いいね」やリツイートの数がどんどん増えていくのをリアルタイムで目撃しました。

 ツイッター上でまるで言葉が生きているかのように動いていて、この村井さんから発せられた言葉がどこまで行くのだろうと見守るような気持ちでした。

 翻訳者として、改めて言葉のちからってすごいなと胸がいっぱいになりました。

村井 もちろん、みんな心のどこかで思っていたことだったから、大きな反響があったのでしょう。実はこの本を私が訳したと勘違いした一部の方から、お叱りの声が止まらない時期がありまして……。

鹿田 そんなことがあったんですか?

村井 「母親になって後悔してる」なんて実の親に言われたら死にたくなるとか、子どもを産んだ人にこんなこと絶対言ってほしくないとか、そんなこと言うなら産むなとか、激しいメッセージもありました。

鹿田 なるほど……そのメッセージをご覧になって、どうされたんですか?

村井 私、そういうお叱りには慣れっこなので、「被弾」したままです(笑)。

 でも、ここまで人の心を揺さぶるのは、母親の後悔というものが、子ども側からしても絶対にあってはならないと思われている証でしょう。

 とくに、実母と難しい関係を抱えている人にとっては、自分の母が母親になったことを後悔してるなんて知ったら、自分の存在自体を否定されるような気持ちになるかもしれません。母親との関係で傷ついている人がたくさんいらっしゃることがよくわかりました。その人たちとお母さんたちとの間で理解が進むといいなと心から思います。

 一方で、お母さんにもあなたと同じ人間の心があるんだよということをわかってくれるといいなって思いながら弾を浴びていました。

鹿田 この本のせいで被弾させてしまって申し訳ないです。

村井 でも、もっと激しく荒れるかと思ったら、絶賛の声の方が大きかったのがすごいですよね。こんなに荷の重い本はなかなかありません。このタイトルで刊行されることに覚悟が必要だったのではないですか?

鹿田 担当編集者は少し心配で勇気がいったと話していましたが、実は私には覚悟という気持ちはありませんでした。

 中学生の息子がいるので、母親として、このタイトルが心に響く部分はありましたが、むしろ、翻訳者として、著者の書いた一言一句をいかに正確に日本語に訳すかというプレッシャーの方が大きかったです。

 タイトルも原著そのままです(原題は“Regretting Motherhood”)。ほかにも候補はいろいろありましたが、これが一番良かったなと。この本に訳者である自分が介入するよりは、「母性」というテーマに斬り込むような本が日本できちんと紹介される方が大事だという想いが先にありました。

村井 確かに一翻訳者として考えると、自分が訳した本のタイトルがセンセーショナルであっても、原著に忠実に訳しているのであれば、堂々としていられますよね。

鹿田 はい。怖いとは思わないです。

村井 私は原著も読みましたが、鹿田さんが原文にとても真摯に向き合って訳しておられるのがよくわかりました。文章はシンプルな英語なのに、実は難しい。翻訳するのは大変だったでしょうね?

鹿田 ありがとうございます。おっしゃるとおり、文章が入れ子構造のようになっていて、訳すのにかなり苦労しました。

 本書には、実際に「母親になって後悔してる」女性たちの告白が挿入されています。登場する女性はみな匿名なので、一人一人のキャラクターが作りにくく、どんな人かがわからないまま、23人の言葉を受け止めて訳していくのに骨が折れました。

村井 私も以前、女性が15人ぐらい登場する本を翻訳したことがありますが、語尾ぐらいでしか差異化を図れない。でも「今の女性は『~だわ』なんて言わない!」とか語尾に敏感な方がいるので、いかにも女性っぽい語尾に訳しづらいんですよね……。

鹿田 翻訳家の鴻巣友季子さんが「日本語は語尾が大事だ」とおっしゃっていましたが、私もそう思います。語尾にいろいろなニュアンスを持たせられるからこそ、語尾ひとつで子どもにもおばあさんにもなれる。

村井 英語には語尾のようなものがあまりないので、日本語で話者にキャラクター付けしていこうとすると、どうしても語尾を工夫せざるを得なくなりますね。

 このタイトルの訳がうまいのは「母親になって後悔『している』」ではなくて、「後悔『してる』」になっているところ。

「している」だとバキバキに固くなりすぎるけど、「してる」は話し言葉で、親しみを覚えやすいですよね。それで女性の心に一歩近づいたのかな。

鹿田 やはり語尾は大事ですよね。「している」だと客観的になりすぎる気もします。

「あなたを産んだことを後悔しているわけではない」

村井 本書では、孫もいる70代の女性が母親になったのを未だに後悔しているという告白に驚きました。どれだけ長い間我慢したのか――。

鹿田 人間のネガティブな感情には、「後悔」や「不安」がありますね。不安は未来に対する感情で、実は前向きですし、自分で解消することもできます。一方、後悔はふつう、過去のことを振り返って起こる感情です。

 しかし、70代の彼女の証言を読んで「未来永劫続く後悔もあるのか」と気づかされました。なんて苦しい思いを抱え続ける人生なのだろう……と胸が詰まるようでした。

村井 この本は子どもを産むという選択をした人にとっても、産まなかった人にとっても、頷ける部分と苦しい部分を含んでいますね。

鹿田 そうですね。読者層は狭いのかなと思いながら翻訳していましたが、世の中に出てみたら実はものすごく広い層の人が読んでくださっていた。男性の読者ももちろん、妊娠中に読んだという女性もたくさんいらっしゃいました。いろんな方がどこかで感情をつかまれる本なんですね。

村井 「この本は家族には見せられないので、Kindleで買います」と宣言されている方もSNSでは多かったですね。

 私もこの本を家の中に置いておいたら、いつのまにか16歳の次男が背表紙をじーっと見つめていて……思わず「資料です」と(笑)。

 思春期の子からしたら、自分の母親が『母親になって後悔してる』なんていう本を読む姿をどう受け止めるのか心配したんですが、実は今のティーンエイジャーの方がずっと考えが柔軟で、全然気にしないんですよね。

「そやろな、最近は女の人も仕事をして『どうしても子どもを産みたい』とかそんなことないやろしな」みたいな感じで普通に受け入れていたのを見て、ちょっとびっくりしました。

鹿田 以前NHKで放映された、この本の特集番組を家族で観ていたときに、急に息子が「ちなみに、お母さんは後悔してるの?」と訊いてきました。その時は「いや、あなたを産んだことは全然後悔していないし、今すごく楽しくて幸せですよ」という話であっさり終わりました。

 実は翻訳している最中は夢中になりすぎて、家に置きにくい本だって考えたことがなかったんですよね。何人かの知り合いに言われて初めて気がつきました。

 どんな人にでもみんな母親がいますし、後悔したことがない人もいないはずなので、「母親」も「後悔」も非常に自分に引き寄せやすい言葉です。

 しかし「母親」×「後悔」という組み合わせは今まで見たことないな、いったいどういうことなんだろうと興味を持ってくれた人も多かったのでしょう。

 そして、その組み合わせは言ってはいけない言葉のはずなのに、こうして言語化されているのか、と何かを求めてページを開いてくれた人もいたのかなと思います。

村井 逆に、怒りや反発から手に取った人もいたかもしれないですね。「お母さんになったことを後悔してはいかん」という雰囲気が社会全体を圧倒的に支配していますから。

鹿田 あくまで「母親という役割を背負ったこと」を後悔しているのであって、子どもを産んだことを後悔しているのではないという、その二つを明確に区別しているのが、本書の重要な点です。

 そこを切り分けることが親子関係を考えるうえで大事だと、この本は教えてくれています。だから、本当はとてもポジティブな本なのです。

村井 「産んだ子どもを愛している」ことと「母親として生きていくことはツライ」という気持ちが同時進行しても全く構わないとはっきりと書かれている。

 世の中のお母さんたちのうち、98%ぐらいがその相反する気持ちを抱えているのではないでしょうか。

鹿田 みんな何かしらモヤモヤした想いを抱えていますよね。

 ***

【後編に続く】子供は愛してるけど「母親になって後悔してる」 弁当を作り部屋を綺麗にして当然…母親を苦しめる社会とは?【村井理子と鹿田昌美が語る〈後編〉】

プロフィール

村井理子(翻訳家/エッセイスト)
1970年静岡県生まれ。著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)ほか。訳書に『エデュケーション』(タラ・ウェストーバ一著、早川書房)、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(キャスリーン・フリン著、きこ書房)、『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(共にトーマス・トウェイツ著、新潮社)、『黄金州の殺人鬼』(ミシェル・マクナマラ著、亜紀書房)、『捕食者』(モーリーン・キャラハン著、亜紀書房)ほか多数。

鹿田昌美(翻訳家/作家)
国際基督教大学卒。小説、ビジネス書、絵本、子育て本など、70冊以上の翻訳を手掛ける。近年の担当書に『世界を知る101の言葉』(Dr.マンディープ・ライ著、飛鳥新社)、『いまの科学で「絶対にいい!」と断言できる最高の子育てベスト55』(トレーシー・カチロー著、ダイヤモンド社)、『人生を変えるモーニングメソッド』(ハル・エルロッド著、大和書房)、『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著、新潮社)などがあるほか、著書に『「自宅だけ」でここまでできる!「子ども英語」超自習法』(飛鳥新社)がある。

新潮社 考える人
2022年12月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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