伝説のお騒がせ男「荒木一郎」が自伝ではなく「小説」と言い張る気ままで勝手な本とは?

レビュー

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空に星があるように : 小説荒木一郎

『空に星があるように : 小説荒木一郎』

著者
荒木, 一郎, 1944-
出版社
小学館
ISBN
9784093866521
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

自伝ではなく敢えて「小説」お騒がせ男の挑戦状

[レビュアー] 岸川真(作家・編集者)

 それにしても、よくキレ、よくモテる。NHKなどのテレビ局、仕事仲間、地回りのヤクザとも喧嘩する。そして緑魔子、大原麗子、吉永小百合、岩下志麻といった美女の心も奪う。荒木にとってコンプライアンスなど、どこ吹く風だ。本書は不良やトボけた青年を演じる脇役から、「空に星があるように」を作詞作曲して歌い、トップスターに躍り出る、六〇年代に生きた青年の告白である。

 荒木は芸能史的に有名な「お騒がせ男」だ。遅刻魔で共演者やスタッフと揉めては局から出入り禁止を言い渡される。夜遊び仲間のハイミナール中毒の少女をきっかけに睡眠薬を覚え、ラリって仕事に行く。共演女優の榊ひろみと同棲して周囲を憤慨させるなど、本書はトラブルのオンパレードだ。雑に恋人と別れても言い訳なしだ。

 構成も気ままで勝手。友人が書くはずだった本書を引き継いだと語るはずの「まえがき」で、趣味のマジックの話題で大きく脱線する。家族から恋愛、遊びや仕事を語る内容も映画でいうジャンプカットやフラッシュバックを繰り返していく。

 だが、無反省で自己肯定の強い語りに不思議と嫌悪感は抱かない。ナイーブでドライな不良少年の日記を読んでいる感じがする。本書を「小説」と銘打つ理由はそこにあるのだろう。その感覚は荒木の生理かもしれない。ヒット曲「梅の実」や「今夜は踊ろう」も日記のフィーリングで生まれたことが、いとも素っ気なく語られている。

 驚くのは結末らしい結末がないことだ。ブツリ、と五百ページを超える告白が一九六八年で終わっている。本来ならば、翌年二月に羽仁進監督『愛奴』撮影中に強制わいせつ致傷容疑で逮捕されたこと。榊との離婚。自ら経営する事務所から杉本美樹らを売り出し、沢田研二らに曲や詞を提供するなど、語るべきこと(広告塔と目されるアムウェイとの関係も)は多いはずなのに―。巻の後半で信頼していた仲間に裏切られ、激情に駆られて暴力を振るう場面がある。その前後から「大人の事情」が彼を取り囲み、少年期の終焉を感じさせる。自分が自分でいられた最後の年が六八年だった、と終止符を打ったのだろうか。もっとも、歌のタイトルと同じく「ただなんとなく」終わったのかもしれないが。

 自伝ではなく敢えて「小説」と言い張る本書。ネットに萎縮し、お行儀の良さを強制される現代において身勝手に己と時代を語るのは、はみ出し者の挑戦状のようで眩しくもある。

新潮社 週刊新潮
2023年2月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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