『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』
書籍情報:openBD
『虹の涯』戸田義長著(東京創元社)/『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』由原かのん著(文芸春秋)
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
史実を斬新に操る2作
「歴史小説」と「時代小説」の違いは何か。私は「歴史小説は史実に材を得ていて、実在の人物が主な登場人物として活躍するもの。時代小説は、過去を舞台にした物語の成立に必要な考証はするが、史実と実在の人物には拘(こだわ)らないもの」と考えている。今回はその両方から一作ずつ、新鮮でユニークな新刊をご紹介したい。
『虹の涯(はて)』は、幕末の水戸藩士で天狗党事件の首領格の一人、藤田小四郎が探偵役となって不可能犯罪を解く連作形式の歴史ミステリーだ。全四篇(ぺん)だが、前の三篇は小四郎の置かれている時代的・社会的ポジションと、彼の人となりを読者にしっかり伝えるためのものであり、四篇目の「幾山河」こそがこの本の心臓部だろう。幕府側との戦闘、真冬の行軍の苦難のなかで、謎の殺人者〈化人〉を追う小四郎。構造はミステリーだが土台は堅牢(けんろう)な歴史小説なので、小四郎の最期は史実から動かせない。それでも、虹の涯を求める想(おも)いが消えることはないのだ。
次の『首ざむらい』は時代小説。表題作で四年前第99回のオール讀物新人賞を獲得した、ぴかぴかの新人のデビュー短編集である。主人公の小平太が、大坂の冬の戦で一働きしに出かけて行った叔父の安否を訊(たず)ねて西へ向かう一人旅の途中、ひょっこり道連れとなったのは、何と侍の生首だった。首だけで生きているが、お化けの類いではない。名前は斎之助(ときのすけ)。ちゃんと酒も飲める(吸い上げる)。最初はその面妖さに驚き、「ドン引き」していた小平太だが、旅路を行くうちに斎之助と心を通わせるようになり、ついには共に大坂の夏の戦場(いくさば)に立つことになる。ファンタジックな筋書きに説得力を与えているのは、徳川と豊臣の最後の決戦に、大勢の浪人たちが大坂の町に集まってきているという舞台設定と、いざ始まれば酸鼻を極める市街戦の様相だ。小平太と首ざむらいの奇妙なバディは、そのなかを生き延びることができるのか。