小説の執筆は書くこととトルことと、文字数を気にする作業? 集英社文庫『コンジュジ』刊行によせて

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コンジュジ

『コンジュジ』

著者
木崎 みつ子 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087444902
発売日
2023/02/17
価格
616円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小説の執筆は書くこととトルことと、文字数を気にする作業? 集英社文庫『コンジュジ』刊行によせて

[レビュアー] 木崎みつ子(作家)

小説の執筆は書くこととトルことと、文字数を気にする作業? 

 このたび、デビュー作『コンジュジ』を集英社文庫から刊行していただくことになりました。
 私は口を開くと余計なことしか言わないので、こうしてお話しすることで『すばる』や単行本ですでに作品を読んでくださった方々が、何らかの形で抱かれているイメージを変色させてしまわないか不安なのですが、確か二〇二〇年の一月中旬の某日だったと思います。
 ずっと望遠鏡を向けていた地平線に、とうとう月が現れた! 
 かのような高揚感に浸りながら、右手で小説のネタになりそうな妄想対談記事をiPhoneに打ち込みつつ、左手で歯を磨いていました。対談の出演者は、作中に登場する「ザ・カップス」というイギリスの架空のバンドのギタリストであるマックスと、ドラマーのオリバーです。三千字くらい書いて結局使いませんでした。主人公のせれなが夢中になっているのはボーカルのリアンであって、この二名に対しては「あ、まだ生きとったん? 」くらいノータッチなのです。書いている間は何故かそのことに気づかず必死でした(歯磨きにもおのずと力が入りました)。
 先日、メモアプリを開いて対談を読み返してみました。主な内容としては、おじいちゃんロックスターとして活動する二人が、カップス全盛期のエピソードをジョークや嫌みを飛ばしながら振り返っています。マックスが時折「あの頃」を恋しがる一方で、オリバーは前しか見ていないのですが、「あなたにとってロックとは何か? 」という質問の答えは不思議と似ていました。文庫本にも掲載していないので胸を張って言えますが、なんちゃって対談記事にしては我ながらいい出来栄えだと思います。
 小説を執筆してみて思ったのが、書くことと同じくらい、なくす(トル)作業が多いということです。対談がおじゃんになるまで、一生懸命書いたものを自分でボツにするのは辛い作業だと考えていたのですが、案外そうでもありませんでした。あれもこれもと放り込むと意地汚いし、ホラ(作り話)を頑丈にすることを思えば、さっさと運び去ってしまえました。いわゆるさじ加減というものですが、まどろっこしい表現を多用していかに文字数を増やすかに頭を使っていた、学生時代のレポートとはえらい違いだなと思いました。
 それと多分当たり前のことですが、小説はなくす(トル)作業よりも、書く作業が圧倒的に大変でした。それまで書くという行為は、自分の中身という最も手近な素材を少しずつちぎって原稿に貼りつけていく、という言葉ありきのイメージだったのですが、実際(私の場合)は頭に浮かんだ映像をルポルタージュのように随時記録していく感じで、基本的にシアターモードでした。映像は頭の中に丸ごと残っていて、いつでも一時停止させられるのに、肝心の言葉が出てこないということが多く、よく絶望しました。あと、ちょうど手があいたときに、その日に書き切れる分だけのひらめきがやってくることはさすがにないと思っていたのですが、不定期で洗髪中に「数話分まとめて放送」のような状況になり、困りました。
 いずれにしてもどちらの作業も地道で、何かを身につけているのか、それとも空っぽになっているのか、一作しか発表できていないぺーぺーには、到底わかりそうにもありません。ですが、ある展開を思いついたときに身震いがしました。ほんのかすかなものでしたが、まるで世紀の大発見でもしたかのようで、あの感覚が忘れられません。「小説のいいネタがひらめいたんだ」なんて言う人がいたら私はかっこいいと思いますし、そのひらめきに対して子どものようにはしゃいでも、あまり後ろめたくない(文化的な行為だと言い張れば「全くいい大人が」と注意されなさそうな気がする)のです。
 ところでほかの作家の方々の執筆中には、何が起きているのでしょうか。インタビューなどで制作時のご苦労を語られていても「またまたご謙遜を」と思うのですが、実は私のようにトルものも多かったりするのでしょうか。作品内で生命が躍動する魅力的な作品であっても、きらめく文章やすばらしいストーリー展開が天から降ってきたり、ペン(キーボード)が魔法のように動いてくれたりはせず、執筆時間はコーヒーブレイクを何回も挟んで、ふと夜逃げしたくなったりなど、うらやましがられるものとはほど遠かったりするのでしょうか。そんな風に考えると、自分ももっとがむしゃらに書ける気がしてきます(モチベーションの上げ方に性格が出ていますね)。
 冒頭の話に戻りますと、私ごときがひらめきを月に喩(たと)えるとは図々しかったです。「望遠鏡のフチに溜まった埃(ほこり)」の方が性に合っている気がするのですが、いつかはきっと……文字数に上限がありまして、これ以上のことは言えません。

木崎みつ子
きざき・みつこ●作家。
1990年大阪府生まれ。2020年、『コンジュジ』で第44回すばる文学賞を受賞し、デビュー。同作が第164回芥川賞、第43回野間文芸新人賞の候補作となる。

青春と読書
2023年3号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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