『櫓太鼓がきこえる』
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鈴村ふみ『櫓太鼓がきこえる』(集英社文庫)を神田法子さんが読む 小さくて陰にいても正面から
[レビュアー] 神田法子(ライター)
小さくて陰にいても正面から
こんな世界があったなんて……大相撲をテレビで何となく見ているだけでは全然気づかなかった。主人公の篤(あつし)は取組に入る力士の四股名(しこな)を呼び上げる呼出(よびだし)という仕事をしている十七歳、という設定が新鮮だ。呼出という名称も、力士と同様に相撲部屋に弟子入りして学んでいくことも、部屋を越えて兄弟子・弟弟子で助け合っていることも、土俵築(どひようつき)(土俵づくり)や寄せ太鼓を叩く役目もしていることも、そして彼らにもファンがつくことも。一年かけて巡業で回る場所ごとに、篤が遭遇する厄介なトラブルやちょっぴり気持ちが上がる嬉しい出来事とともにテンポよく語られていくので、相撲に詳しくなくても、なるほどと思いながら読み進めていける。
篤が所属しているのは朝霧部屋という小さな相撲部屋。師匠は十分な実績もあげないまま若くしてまさかの形で部屋を継ぐことになり、弟子も少ないところからコツコツ積み上げてきた人で、力士たちの番付もお世辞にも高くはないけれど、みんな手堅く前進している。篤は両親との関係がギクシャクし、高校を中退して叔父の勧めで何となくこの世界に入ってきた。同じ部屋の力士の怪我やうっかり犯してしまった失敗、他部屋の呼出からの嫌がらせなど心折れそうになることもあるけれど、呼出の兄弟子や部屋の仲間たちが時に熱く、時に下から支えるように励ましてくれ、少しずつ仕事に前向きになっていく。
兄弟子の直之(なおゆき)は女子のファンも多く、篤は羨ましい反面、自分にできた初めてのファンのアミには及び腰で傷つけてしまう。だけどちゃんと彼女と向き合おうと決意したとき、自分の中に蟠(わだかま)っていた家族との関係も避けて通ることはやめようと思う。
ここで描かれるのは、本当に小さな、光の当たる表舞台ではない世界だ。でも決して「変化」をしなかった篤の師匠の相撲の取り方と同様、何事にも正面からぶつかっていこうとする人の姿には、どんなに不器用でも人の心を動かす力があると実感できる。
神田法子
かんだ・のりこ●ライター