<書評>『破果(はか)』ク・ビョンモ 著
◆老いた女殺し屋の煩悶
「六十五歳の女殺し屋?」と眉に唾をつけて読み始めた人が、本を閉じた時、爪角(チョガク)という主人公の姿を深い感動の余韻のうちにありありと思い浮かべる。ク・ビョンモの『破果』はそんな小説だ。
バラック村に生まれ落ち、十二歳の時に裕福な親類の家へ出されて奉公するのだけれど、そこも追い出されてしまう。そんな爪角を拾って<防疫>と呼ばれる殺しの仕事を叩(たた)きこんでくれたのが、リュウだった。以来、守るべきものは持たず、命を奪うことに躊躇(ちゅうちょ)も後悔も抱かず、狙ったターゲットは必ずしとめる伝説の女殺し屋として名を馳(は)せてきた爪角も、六十五歳を迎えた今、自分の変化にとまどいを抱くようになっている。
最低限のものしか置かない部屋に捨て犬を迎え入れ、<無用(ムヨン)>と名づけて、自分が帰ってこられなかった時のために、自力で外に出られるような窓を作ってやる爪角。困っている老人をつい助けてしまったことで、ミッションが完遂できなくなってしまう爪角。そして何より、かつてリュウに対してだけ向けた想いを、三十六歳の医師カンに抱いている自分に、彼女はとまどいと恐れを抱いている。
そんな爪角に何かと突っかかってくるのが、若き気鋭の殺し屋トゥ。自分の仕事を監視するばかりか、邪魔立てまでしてくるようになるトゥに気味悪さを覚える爪角だったのだが、カン医師に抱いている想(おも)いまで勘づかれてしまった時…。この現在進行形の物語の中に、作者は爪角の生い立ちやリュウと過ごした若き日の苛烈な日々、爪角に執着するトゥの過去を挿入。前者によって爪角の人間性の奥行きが増し、後者によって最後に用意されている爪角とトゥの死闘の意味が深まる。
アクションシーンの描写が静かな迫力を湛(たた)えて見事なノワール小説であり、爪角のキャラクターを深掘りすることで、「女であること」と「老いること」についての物語にもなっている。ケモノバカの胸をえぐる、犬の無用との関係を描いたエピソードも効いていて、オススメしたい理由に事欠かない作品なのだ。
(小山内園子訳、岩波書店・2970円)
韓国の作家。邦訳に『四隣人の食卓』など。
◆もう1冊
王谷(おうたに)晶著『ババヤガの夜』(河出書房新社)