『琉球切手を旅する』
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<書評>『琉球切手を旅する 米軍施政下沖縄の二十七年』与那原恵(よなはら・けい)著
[レビュアー] 杉本真維子(詩人)
◆心の郷里への「小さな扉」
沖縄人二世として東京に生まれ育った著者が琉球切手とともに巡る沖縄の歴史。あたためつづけた心の郷里への思いが、その内と外から沖縄のいまを照らし出す。
子どもの頃に暮らした東京の椎名町の家には沖縄からの手紙が度々届いたという。受けとった両親のうれしそうな笑顔もさることながら、そこに貼られていた琉球切手は著者の心を躍らせた。「見たことのない南国の植物、鮮やかな色をした魚、紅型(びんがた)紋様、琉球舞踊、文化財や工芸品」−。それは「沖縄と私をつなぐ小さな扉」となった。
強圧的だった米軍施政のもとで誕生した琉球切手。その背景には沖縄戦の傷が生々しくあり、なかには米国側の事情から立ち消えになったと思われる絵柄もある。その一つが沖縄学の父として知られる伊波普猷(いはふゆう)の切手「文化功労者顕彰記念」。発行されなくても郷里の人たちの記憶のなかに生きているということを尊ぶ著者の姿勢に共感を覚えた。
心に残ればそれでいい。そんなまなざしが随所に感じられる本だ。首里城をはじめ戦争で多くの貴重な文化財を焼失した沖縄において、残るときは物よりも心を指すということもあるかもしれない。亡き両親の生前のエピソードに熱く耳を傾ける姿にもそれは感じられた。
著者が南米ボリビアで出会った沖縄人移民の「静かな暮らし」も忘れがたい。大豆農家を「リタイアし、いまは自分たちが食べる野菜だけをつく」っているという八十代の老夫婦。彼らの楽しみは「一日の終わりにボリビアの木を棹(さお)にして自ら作ったサンシンをつまびくこと」だという。また、別の八十代女性は「戦争のないところなら、どんなに遠くてもいい」と語る。
静かな暮らしを守りたい。ただそれだけの願いすら叶(かな)えられない世の中はおかしいのだ、という思いが改めて湧き上がった。また、言葉を遠くまで届けることの祈りの深さに打たれ、琉球切手とは祈りのかたちでもあると感じられた。それはおそらくこの本が今は亡き両親への長い愛の手紙でもあるからだろう。
(中央公論新社・2090円)
1958年生まれ。ノンフィクション作家。著書『赤星鉄馬 消えた富豪』など。
◆もう1冊
与那原恵著『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』(筑摩書房)