『ミクロコスモス』
- 著者
- マルグリス,L.(リン) [著]/セーガン,D.(ドリオン) [著]/田宮 信雄 [訳]
- 出版社
- 東京化学同人
- ジャンル
- 自然科学/生物学
- ISBN
- 9784807912483
- 発売日
- 1989/01/01
- 価格
- 1,760円(税込)
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【本棚を探索】リン・マルグリス、ドリオン・セーガン著、田宮信雄訳 東京化学同人刊
[レビュアー] 高橋秀実(ノンフィクション作家)
生きているのは細菌!?
「適者生存」「自然淘汰」「弱肉強食」……。
簡潔な四字熟語のせいか、これらは生物界の掟、ひいては市場の原理としてもすっかり定着している。適性のある者、強い者だけが生き残る。コロナ禍のように疫病が流行ると、なおさら説得力を持ちそうなのだが、そんな時こそ読み返したいのが、生物学のバイブルともいうべき『ミクロコスモス』だ。
著者は生物の進化をこう一括する。
「弱い生きものが共同体の一部として生き残り、いわゆる強いものが共同の利益を知らなかったために進化の過程で絶滅した」。
生物界は弱き細菌たちの「共生」によって進化してきたのである。なんでも35億年前に誕生した細菌(微生物)が私たちの祖先。それらが「精密に組織され複雑に寄り集まった結果」、さまざまな種が派生してきた。その証拠に細菌からヒトに至るまで、すべての生物はその体を構成する元素の比率がほぼ同じ。遺伝情報を伝える言葉(RNA/DNA)も共通しているし、つくられるタンパク質もすべて20種のアミノ酸でできている。どの生物も独立して生きているのではなく、共生する「生きもの」全体の一部なのだ。
実際、ヒトの細胞も電子顕微鏡でみれば、細菌のような微小器官がぎっしり詰まっている。たとえばミトコンドリアなどはかつて原始の海を泳ぎ回っていたが、「別の細胞の中に潜り込み、食料と隠れ家をもらう代わりに宿主の不要物質と酸素を使って生み出したエネルギーを宿主に提供し、そのまま中に棲むことにした」そうで、要するに細胞は細菌の共同体。われわれが生きているわけではなく、細菌たちが「われわれ自身として進化を続けている」そうなのだ。
著者によれば、細菌たちは記憶を持つという。それぞれが進化の過程を覚えており、それを現在に生かしている。ヒトの脳細胞もスピロヘータという細菌が祖先だそうで、動いて伝達するという行動様式が、神経系のネットワークに生かされているらしい。今やヒトは遺伝子工学で遺伝子の組み換えをしたり、ロケットを打ち上げて宇宙などに生活圏を広げようとしているが、それらも細菌の世界では太古からの伝統。細菌は遺伝子の組み換えを繰り返し、移動することで生き残りを図ってきたわけで、細菌の記憶がヒトを動かしているともいえるらしい。
生きているのは私ではなく、細菌たち。
そう考えると、仏教の「無我」のようで気持ちが少し楽になる。個体には「死」がつきものだが、共生する生命体は死なないという。細菌たちは互いに助け合うことで生命をつなぐ。つながれていることが、すなわち生命なのである。
もしかするとスマートフォンも細菌の記憶かもしれない。いまだに使いこなせない私は、先日、ドコモの遠隔サポートを受けた。遠隔操作によってスマホが動くのをみてひるんだが、「個人情報」にこだわるから恐怖を覚えるだけで、細菌の世界では内部に侵入されることが助け合いにつながる。これもひとつの「共生」なのだろうか。
(リン・マルグリス、ドリオン・セーガン著、田宮信雄訳 東京化学同人刊、税込1760円)
選者:ノンフィクション作家 髙橋 秀実