『独占告白 渡辺恒雄』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
類い稀なる個性が生んだ「ナベツネモデル」の成立過程
[レビュアー] 後藤謙次(ジャーナリスト)
岸田政権の支持率低迷が続く中、注目していることがある。読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄が、岸田に助け舟を出すのか否かである。
つい先日、岸田文雄首相に渡辺との関係について訊ねると、
「父が同級生だったこともあり、若い頃からかわいがられてきた。父親のような存在」
という答えが返ってきた。生前、安倍晋三元首相も「厳父みたいな存在」と私に語っていた。
二人の宰相に「父親のよう」と形容させるメディア人、渡辺恒雄。本書はNHKが放送した渡辺のロングインタビューを元に、関係者の証言や時代状況などを加筆し、戦後政治の内幕を描いたノンフィクションだ。
渡辺は日本を代表する新聞社の影響力を背景に、政治家と深い人脈を築いてきた。その関係性は、特ダネを抜く政治記者としても、その紙面を売る経営者としても、政局を左右するフィクサーとしても、渡辺に大きなメリットを生み続けてきた。
本書が興味深いのは、その「ナベツネモデル」の成立過程が赤裸々に明かされていることだ。同時に渡辺恒雄という類い稀なる個性なしには成立しえないものであることが伝わってくる。
大野伴睦や中曽根康弘といった有力者の懐に入る愛嬌。カント哲学を礎にした教養人の顔。政治家の参謀たりえるアイディアマンの側面。政治理論家であり書き手としての有能さ。人情家でありつつ「だましてだまされての世界、だまされる方が悪い」と言い放つリアリストであること。それらが一人の人間の中に渾然一体となっているのだ。
ただ、政治との距離の近さによって渡辺の原点とも言えるジャーナリズムと権力の境界線が不透明になっていることは指摘しておく必要があると思う。
もうひとつ、本書の価値を押し上げているのは、歴代総理と戦争体験というテーマを通奏低音として響かせていることだ。
田中角栄の「戦争を体験している人間が政治をやっている間は、絶対に戦争はやらない。大丈夫だ」という発言が引用されているが、私自身、竹下登や後藤田正晴といった政治家から同様の言葉を聞かされてきた。
翻って、戦争を知らない世代が大多数となった現在。渡辺は学徒出陣で体験した軍隊の暴力と戦争への憎しみをあらわにし、戦争体験を語り継ぐことの大切さを繰り返し主張している。
ロシアのウクライナ侵攻により、防衛・安全保障の面でも難しい判断を迫られている岸田政権。渡辺恒雄の動きから目が離せない日々は、まだ続きそうだ。