フラヌールしよう! 文芸を愛でながら軽やかに遊歩する

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

詩歌探偵フラヌール

『詩歌探偵フラヌール』

著者
高原 英理 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309030876
発売日
2022/12/13
価格
2,475円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

フラヌールしよう! 文芸を愛でながら軽やかに遊歩する

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 高原英理は耳がいい。物語から聞こえてくる声に耳を澄ませ、それを代弁してみせるから、作品ごとに文体が異なる。8篇からなる連作短篇集『詩歌探偵フラヌール』で、高原がすくい上げているのは詩歌の声だ。

 主人公はメリとジュンの仲良しコンビ。「フラヌール(遊歩者)しよう」と街をそぞろ歩く2人をいざなうのが詩歌なのである。萩原朔太郎、大手拓次、アルチュール・ランボー、エミリ・ディキンスン、渡辺松男、石川美南、紫宮透(実作は高原自身)、高浜虚子、中世の小歌集『閑吟集』、ジュール・シュペルヴィエル、最果タヒ、左川ちかなどなど、大勢の詩人・歌人・俳人、たくさんの詩や短歌や俳句に導かれるように、メリとジュンは〈中方線〉沿線の街や郊外を軽やかにフラヌールする。

 タイトルに「探偵」とあるだけに、シーク&ファインドのスタイルをとっている趣向が楽しい。たとえば、「Dエクストラ」篇。メリがアルバイトをしている喫茶店の常連客ゆるふわコンビから、なかなか見つけられない〈わたしたちの言葉の呼吸を助けてくれる〉存在を探してほしいと頼まれた2人が、小さなヒントをつなげていって、ようやく〈Dエクストラ〉にたどり着くのだけれど、その正体がもおっ驚異と歓喜そのもの。この一篇を読んだら、ディキンスンの詩集を買いに走ること必定だ。

 最後に置かれた「モダンクエスト」には村上春樹めいた人物が現れ、〈好きなことを自由にやっている人は皆、少しずつ浮薄なんだ〉から始まり、〈詩に機能を求めてはいけない。詩は目的のためには書かれない。詩そのものが目的だから〉へと至る素晴らしい言葉を贈ってくれる。〈こまけえことはいいんだよ〉の精神で、理屈や意味や講釈は一切抜きに、ただただ詩歌から飛び出してくる言葉たちを「いいでしょ」「いい いい」と愛でるメリとジュンの浮薄さで親しめばいい。高原英理は詩歌たちのそんな声を伝えてくれている。

新潮社 週刊新潮
2023年3月2日梅見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク