『帝国の虜囚 日本軍捕虜収容所の現実 (原題)PRISONERS OF THE EMPIRE』サラ・コブナー著(みすず書房)

レビュー

0
  • シェア
  • ツイート
  • ブックマーク

帝国の虜囚

『帝国の虜囚』

著者
サラ・コブナー [著]/白川貴子 [訳]/内海愛子 [解説]
出版社
みすず書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784622095279
発売日
2022/12/13
価格
5,280円(税込)

書籍情報:openBD

『帝国の虜囚 日本軍捕虜収容所の現実 (原題)PRISONERS OF THE EMPIRE』サラ・コブナー著(みすず書房)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

虐待を招いた兵站崩壊

 戦場では、効率よく敵を倒すのが仕事である。かたや戦闘行為と極めて相性の悪い「人道」が問われるのが「捕虜」をめぐる扱いだ。第2次世界大戦中の日本軍による連合軍捕虜の虐待は、日本人の残虐性や非人道性をもって語られてきた。そんな定説に、膨大な聞き取りと文献調査で再考を促す歴史研究が現れた。

 近代日本は捕虜の人道的扱いを定めたジュネーブ条約の精神を学び、赤十字の活動にも意欲的に取り組んだ。第1次大戦では好調な経済も背景に、数千人の捕虜を丁重に養った。それがなぜ第2次大戦ではそうならなかったか。本書によれば開戦当初、捕虜の環境は総じて悪くなかった。それが戦争の長期化で「劇的に異なる方向」へ。根本的な問題は「帝国の拡大に人手が足りなかった」こと。捕虜に労働が課され、長距離の移動が強いられた。

 アジア各地の捕虜収容所では、十分な訓練も教育も受けぬ兵隊や植民地の軍属らに現場が丸投げされた。遠い戦場に陸軍省の援助は届かない。兵站(へいたん)の崩れた環境に想定を超える捕虜が詰め込まれた。捕虜も日本兵も同様に飢餓に苦しんだ。フィリピンの米兵捕虜の死亡率が高いのは、米軍による輸送船団攻撃が原因だったこと、ドイツのソ連軍捕虜の死亡率は太平洋域の連合軍捕虜の2倍だったとは意外である。捕虜虐待は日本側の計画の欠如や官僚主義に起因し、上層部からの命令や意図したものではなかったと本書は分析する。

 「自分たちよりも劣る人種」に支配された連合軍は戦後、日本人の野蛮さを強調することで「文明の序列を回復」。日本兵のシベリア抑留など「自分たちが非難していたのと同じこと」を行い、戦犯裁判を報復の場としたとの指摘は正鵠(せいこく)を射ている。戦後の世論形成は勝者が握り、勝者が歴史を作る。敗者は二度、負けるのである。

 米軍のアブグレイブ刑務所での捕虜虐待しかり、戦争犯罪は人種を問わず繰り返される。過去の教訓も虚(むな)しく、ウクライナの地は今日も戦禍に覆われている。白川貴子訳。

読売新聞
2023年2月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ツイート
  • ブックマーク