『悪意の科学』
- 著者
- サイモン・マッカーシー=ジョーンズ [著]/プレシ南日子 [訳]
- 出版社
- インターシフト
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/心理(学)
- ISBN
- 9784772695787
- 発売日
- 2023/01/24
- 価格
- 2,420円(税込)
書籍情報:openBD
『悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか? (原題)SPITE』サイモン・マッカーシー=ジョーンズ著(インターシフト)
[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)
「罰したい」 正義を利用
悪意とは何か。本書は遺伝子、政治、宗教、インターネットなどを通して、その正体に迫る。中でも興味深いのが、悪意が持つその振り幅。「相手が自分よりも下まで落ちるのなら、自分もあえてはしごの下の段に落ちようとする」他者を蹴落とす為(ため)の悪意があれば、「正義のために用いたり、創造性の助けにしたりすることもできる」善を促す悪意だってある。また、悪意はどこにでも入り込んで善意と複雑に絡み合うから、知れば知るほどわからない。ネット炎上に対する誹謗(ひぼう)中傷をはじめ、人は誰かを罰したくてしょうがない。「人間の脳は正義を行使するチャンスを見つけると、コカインを摂取するチャンスを与えられたときと同じように反応する」と知り、そのことに合点がいった。
弱い者達(たち)が夕暮れ さらに弱い者をたたく
ブルーハーツのトレイン・トレインの一節が今やけに沁(し)みるのは、決してたまたまではないはずだ。本欄で取り上げる作品を選ぶ際にも、よく悪意の心当たりと出会う。自分が密(ひそ)かにライバル視している作家の本を他の委員が取り上げれば、面白くないかもしれない。そして、自ら手に取る本も、つい翻訳物や物故作家のものになりがちかもしれない。本書を選んだのだって、こうした作品を取り上げれば舐(な)められないと思ったからかもしれない。このように、読みながら、自分の中の悪意がどんどん暴かれ、奪われていった。せっかく書評を書いてやろうというのに何だと、今度は次第に、著者に対する悪意が湧く。そして、その気になれば、悪意のある文章を書いて著者を罰することもできる立場にあるのだと思い、ぞっとする。そもそもそんな勇気などないのに。でも幸い、本書によれば、誰かを罰する際の個人的なコストは負担し合えるという。集団内でコストを分けあえば、より楽に罰を与えることができるらしい。だからこの悪意を、これを読んだあなたに委ねたい。プレシ南日子訳。