<書評>『あなたがたに話す私はモンスター 精神分析アカデミーへの報告』 ポール・B・プレシアド 著

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あなたがたに話す私はモンスター

『あなたがたに話す私はモンスター』

著者
ポール・B.プレシアド [著]/藤本 一勇 [訳]
出版社
法政大学出版局
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784588130342
発売日
2022/11/22
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『あなたがたに話す私はモンスター 精神分析アカデミーへの報告』 ポール・B・プレシアド 著

[レビュアー] 杉田俊介(批評家)

◆「性の普遍性」問い直す

 トランス男性であるプレシアドは二〇一九年十一月十七日、<フロイトの大義>学派が開催した国際大会に呼ばれて講演を行った。その内容は会場に激震を引き起こし、準備した原稿の四分の一しか読みあげられなかったという。会場は賛成・反対の真っ二つに割れ、講演の内容はネットで世界中に拡散された。

 プレシアドは、カフカの短編の語り手である「猿」に自らをなぞらえ、従来の精神分析や精神医学がトランスジェンダーの人々を「檻(おり)」に閉じこめてきたこと、それらが「植民地主義的家父長制の言語」にほかならないことを皮肉とユーモアをまじえて大胆に告発する。トランスパーソンにとって必要なのは「自分を脱植民地化し、脱同一化し、脱バイナリー化すること」であり、「モンスター」の意味を革命的に肯定することである。

 プレシアドによれば、現代の性やジェンダー、生殖テクノロジーの分野で起きていることは、プトレマイオス的な天動説からコペルニクス的な地動説への宇宙観の変化、あるいは、二十世紀初頭の物理学における量子力学と相対性理論の登場に匹敵するほどの驚天動地の事態である。そうした中で依然としてバイナリーな(男/女という二分法に基づいた)性の普遍性を信じることは地球の周りを太陽が回っていると信じるのと同じようにバカげたことなのだ。

 重要なのは、プレシアドが会場の人々に、あるいは私たち読者に、次のように呼びかけていることだ−<あなたがたはみな同性愛者であることができますし、「トランス」になることができるのです。あなたがたのどなたでも、(略)別の仕方で生き、変化し、異なった存在となり、いわばラディカルに生きる存在になる、そうした活力を与える刺激、自由なエネルギーを、自分のなかに見つけることができるでしょう>

 本書の言葉を飲みくだして腑(ふ)に落とすことは少しも容易ではない(私もそうだ)。しかし多数派の「我々」こそが、本書に触れて自らの性をラディカルに問い直すことを許されているのだ。

(藤本一勇(かずいさ)訳、法政大学出版局・1650円)

1970年生まれ。スペイン出身の哲学者、トランス・クィア活動家、キュレーター。

◆もう1冊 

ポール・B・プレシアド著『カウンターセックス宣言』(法政大学出版局)。藤本一勇訳。

中日新聞 東京新聞
2023年2月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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