『60%』
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煙草について
唐突ですが私は煙草を吸います。
ご存じの通り昨今は愛煙家の肩身は狭くなる一方で、煙を浮かべられる場所も二十年前と比べて五分の一以下(たぶん)となり、かつ職場でも敬遠され、果ては家族にも内緒でこっそりと出張中のみ煙を吹かす方々も少なからずいる時代です。そんな諸氏の姿を思い浮かべるとき、自分のことを棚に上げてちょっぴり寂しくなってしまいます。
そんな私は煙草のほか、お酒も大好きで、BARの扉を開けると開口一番、「ここは煙草が吸えますか?」と尋ねます。YESなら進み、NOなら後退し、運よくYESならカウンターに座って即座に煙草を取り出し、同時にバーテンダーにおすすめのワインを聞く。
ダウンライトに輝くボルドーグラスの中で、真紅に透き通る神秘的な液体に飲む前から酔い、そしてその空間に重なり漂う紫煙に時間の流れを視覚する。
煙草を呑む人間にワインの真価は分からないというご意見はまさにごもっともです。しかしながらどこかのTV番組で放映されていたように、目隠しして視界を閉ざされると豚肉も鶏肉も分からなくなるということは、味覚と視覚はけっして切れない鎖で繋がれているのかもしれず、私にとって紫煙と真紅の液体が同居する世界は、煙草によって鈍化した味覚を凌駕して脳に快感物質を生じさせる世界のようです。
この物語は、登場人物のほぼ全員が煙草を吸うという極めてめずらしい物語です。彼らは、私のようにルールを遵守せず(保身させてください)、受動喫煙、副流煙といった弊害をときに無視し、おのれの嗜好(しこう)、おのれの哲学、おのれ独自の行動理念を優先させ、隣人を顧(かえり)みずにインモラルな道を突っ走ることが多々あります。
したがって嫌煙家の皆さまは、その怒りの矛先を私ではなく、物語の登場人物に向けていただくと幸いでございます。