月まで行こう、泥のスプーンを片手に!
最近、親の経済状況などによって人生が左右されることを「親ガチャ」と表現することがありますが、韓国では貧しい家に生まれることを「泥のスプーンを持って生まれた」と表現します。裕福な家の出身であることを英語で「銀のスプーンをくわえて生まれる」と言うことから、親の資産額によって金、銀、銅、泥のスプーンに喩(たと)えるのです。小説『月まで行こう』に登場するのは、泥のスプーンを持って生まれた女性三人です。
三人は中途採用のため同期の仲間がなく、がんばって成果を出しても高い評価が得られず、給料も一向に増えません。貯金をして将来に備えようにも、給料は穴の開いた壺に水を注ぐかのように消えていきます。
韓国は言わずと知れた学歴社会ですが、大学と大学院の新卒者の就職率は約六十五パーセント(二〇二〇年度)に過ぎず、女性のみの就職率はさらに低くなります。その上、男女間には大きな賃金格差もあります。韓国社会学会の発表によると、男女格差は改善されていくどころか、ここ十年でさらに悪化しているそうです。未来が描きにくい状況で三人が未来を賭けたのが暗号資産のイーサリアムです。タイトルの『月まで行こう』は、暗号通貨の価格が月まで届くくらい高騰することを期待する英語のスラングからきています。
現実を巧みに再構成する小説の書き手として定評があるチャン・リュジンは、自身もIT企業の社員として経済的に困難な時期を過ごした経験があるため、本作では「砂糖漬けのように甘く感じられるストーリーを書きたかった」と語っています。本作は現実社会の苦さに、たっぷりの甘みとユーモアが混じった、いまを生きる若者へのエールと言えます。
はたして三人は月まで行けるのでしょうか。ところどころに隠れている月にちなんだ言葉を見つけながら、彼女たちの旅にお付き合いください。