生きてきた証を集め愛しては傷つく人間の切実な営みを物語る

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望楼館追想

『望楼館追想』

著者
エドワード・ケアリー [著]/古屋 美登里 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488805012
発売日
2023/01/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

沈黙博物館

『沈黙博物館』

著者
小川洋子 [著]
出版社
筑摩書房
ISBN
9784480039637
発売日
2004/06/10
価格
858円(税込)

生きてきた証を集め愛しては傷つく人間の切実な営みを物語る

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 エドワード・ケアリーは、一九七〇年イングランド生まれの小説家。自ら作品の挿画を描くイラストレーターであり、彫塑家でもある。多才なケアリーの独創的すぎるデビュー作『望楼館追想』(古屋美登里訳)が、創元文芸文庫翻訳部門の第一弾として刊行された。約十八年ぶりの復刊である。

 望楼館はかつて天文台のある壮大な邸宅だったが、今は時の流れに取り残された孤島のようになっている集合住宅だ。まず、住人に惹きつけられる。汗と涙が止まらないために体毛を全部剃った男、一日中テレビを見てドラマの登場人物を友人にしている女、首輪をして犬のようにふるまう女など、変わり者揃いなのだ。最年少の住人で語り手のフランシスは、常に白い手袋をはめて、彫像のふりをする大道芸で生計を立てている。孤独でも最後まで変化のない平穏な暮らしを求める彼らは、新しい入居者を追い出そうとするが……。

 それぞれが自分の世界に引きこもり、不動であることで安定していた望楼館というコミュニティは、能動的な住人の出現によって崩壊してしまう。崩壊の過程は悲痛であると同時に、不思議なカタルシスもある。人間は動けば傷つかずにいられないけれども、動いてこそ生きて愛することができると気づかされるからだろう。〈愛されていたという証のあるもの〉を密かに蒐集してきたフランシスが、望楼館の地下につくった展示室にも魅了された。

 唯一無二の物を集める話といえば、小川洋子『沈黙博物館』(ちくま文庫)。若い技師がある村の老婆に死者たちの形見を展示保存する博物館を作ってほしいと依頼される。収蔵品の条件は、その人が存在していたという証拠を最も生々しく、忠実に記憶している品であること。奇妙な仕事に着手した技師は、連続殺人事件に巻き込まれる。

 リチャード・ブローティガン『愛のゆくえ』(青木日出夫訳、ハヤカワepi文庫)は、無名の人々が書いた、世界に一冊しかない本を保管する図書館が舞台。

 記憶を集めて物語ることは、人間にとって切実な営みなのだと思わされる三冊だ。

新潮社 週刊新潮
2023年3月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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