『じゃむパンの日』
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これ、ちょっといいですよ。小さな囁きをこつこつと
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
見知ったはずの光景の、妙な部分にピントが合う。どこかへんてこな様相をおもしろがっているうちに、まったく思いもよらない場所へと連れていかれる――。
「乙女の密告」で芥川賞を受賞し、二〇一七年に早逝した作家、赤染晶子。その初のエッセイ集『じゃむパンの日』が今、世代を超えて大きな注目を集めている。版元は昨秋設立されたばかりの“ひとり出版社”palmbooksだ。
「赤染さんの文章は小気味よいリズムとユーモアが持ち味ですが、人間をみつめるまなざしがあたたかくて、そこに描かれる市井のひとたちの姿が魅力的で、ひとりで出版社を始めるにあたって、この原稿を本にできたら、と思いました」と版元の加藤木礼さんは語る。
昨年十二月一日の書店発売に先行して、文学フリマ東京で発売するとアナウンスしたところ、雨の中を多くの読者が駆けつけてくれた。「赤染さんの読者の方が“新しい本がまた読める!”と喜んでくださったのが嬉しくて。ふだんは顔の見えない読者の方に直接本を手渡しながら改めて、この仕事のやりがいを教えられたような気がします」(同)
大学ノートのようなシンプルで素朴な装幀に惹かれる人も多い。実は背のテープの部分は一冊一冊手作業で貼られている。ゆえに製本に時間がかかるものの、発売から三ケ月のあいだに六刷一万五千部とこつこつこつこつ版を重ねてきた。
「本をつくり届けるところまでひとりでやってみると、大所帯の出版社で本をつくる立場ではわからなかったことだらけで。いろんな人の力を借りながらどうにかやっている状態ですが、だからこそ見える部分もあるように感じています」(同)
本書には、新聞や文芸誌に掲載された五十五編のエッセイのほかに、翻訳家の岸本佐知子との「交換日記」も併録されている。ふたりの言葉の往還から奇想がひろがってゆくさまは、おかしみだけでなく不思議な風通しのよさを感じさせる。
「社会のメインストリームだけでなく“すみっこ”がちゃんと存在できる世界、“これ、ちょっといいですよ”と小声で話せるような、小さな豊かさを届けていけたら、と考えています」(同)