『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』香田洋二著(中公新書ラクレ)

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冷戦終焉期の日米関係

『冷戦終焉期の日米関係』

著者
山口 航 [著]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784642039222
発売日
2023/01/21
価格
9,900円(税込)

書籍情報:openBD

『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』香田洋二著(中公新書ラクレ)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

専門家不在の文民統制

 ロシアのウクライナ侵攻で世界の安全保障環境は激変した。日本の防衛費も5年間で43兆円の巨費が投じられることになったが、そこに警鐘を鳴らすのは意外にも海上自衛隊の元海将。「各方面から嫌われることを覚悟」で書いたという。

 著者は防衛費の増額を歓迎する一方、防衛行政のあり様に疑問を呈す。防衛省と自衛隊(背広組と制服組)の連携不足、官邸が省内人事を握る弊害、兵器の国産化が抱えるリスクなど、提示される「失態」は多岐にわたる。ことにシビリアンコントロール(文民統制)への指摘は深刻だ。

 自衛隊は「旧軍の暴走を許した戦前の反省」にたって成立した経緯があり、国会で厳しいチェックに晒(さら)されてきた。それが近年、本書によれば政治家の不勉強や野党の力不足で議論が低調になり、専門的な防衛装備の話になると「途端にチェックが甘くなる」。ために巨額の長射程ミサイルの導入は「バナナの叩(たた)き売り」状態、費用対効果や開発リスクは十分に説明されず、失態を重ねたイージスアショアの二の舞を著者は懸念する。「自衛官の命を最終的に握っているのは国会」なのに、軍事の専門家チームが不在では文民統制など絵にかいた餅ではないか。

 予算の手当を「継戦能力」の強化にと訴える。国内施設の強靱(きょうじん)化、隊員の教育と訓練、兵站(へいたん)の充実、緊張の高まる海峡でのシーレーン確保も島国には死活的に重要で、先の大戦の教訓でもある。現行の議論は戦闘機やミサイルなど「身の丈を越えた」正面装備に偏りがちで、国防の全体像が見えてこないとも。

 新たに敵基地攻撃を可能とする方針が示される一方、日本本土の被害想定などリスクは一向に語られない。戦闘は自衛官任せで、国民に相応の覚悟を問う議論を避け続ければ、のちに国防の根幹が揺らぎかねない。防衛政策を大転換するならば、国民に対して説明責任を果たすべきとの元海将の訴えは決して空言ではない。

読売新聞
2023年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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