『アマルティア・セン回顧録 (原題)HOME IN THE WORLD 〈上〉インドでの経験と経済学への目覚め/〈下〉イギリスへ、そして経済学の革新へ』アマルティア・セン著(勁草書房)

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アマルティア・セン回顧録 上

『アマルティア・セン回顧録 上』

著者
アマルティア・セン [著]/東郷 えりか [訳]
出版社
勁草書房
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784326550890
発売日
2022/12/27
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

アマルティア・セン回顧録 下

『アマルティア・セン回顧録 下』

著者
アマルティア・セン [著]/東郷 えりか [訳]
出版社
勁草書房
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784326550906
発売日
2022/12/27
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

『アマルティア・セン回顧録 (原題)HOME IN THE WORLD 〈上〉インドでの経験と経済学への目覚め/〈下〉イギリスへ、そして経済学の革新へ』アマルティア・セン著(勁草書房)

[レビュアー] 牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)

最高の知性育んだ交流

 経済学だけでなく哲学や倫理学、政治学など多くの学問領域に関わる業績を次々に生み出し、その概念が実際の政策の現場でも広く使われる稀有(けう)な知識人であるアマルティア・センによる、若き日を中心とした回顧録である。

 本書の原題はインドの詩人・思想家タゴールの小説『家と世界』を基にしたもの。英領インドのベンガルで生まれ、母方の祖父がタゴールの協力者で、タゴールの設立した学校で学んだセンは、自由と推論を重視したタゴールの強い影響の中で育ち、学校でサンスクリットと数学に没頭する。一方、食糧が豊富にあるにもかかわらず起きたベンガル飢饉(ききん)、イギリスからのインドとパキスタンの分離独立(ベンガルもインドと東パキスタン=現バングラデシュ=に分断された)に伴う多くの死者を出した混乱は、貧困による自由の喪失やアイデンティティによる分断の残忍さを実感させセンに強い衝撃を与える。

 経済学の研究を進めるために留学したイギリスのケンブリッジ大学トリニティ・カレッジでの優れた学者たちとの交流も非常に印象的である。特にイタリア出身の経済学者ピエロ・スラッファがセンに与えた影響は大きかったようだ。センはマルクスの著作から自由の重要性や必要原理(各人に必要なものが提供されなければならないとする考え)を見出(みいだ)しながら主流の経済理論に真正面から取り組み、アメリカに渡り最先端の経済学研究の中で厚生経済学を発展させていく。そしてインドに戻り不平等の深刻さを改めて目の当たりにする中で、アダム・スミス、そしてタゴールの説く共感や人間の尊厳の重要性に希望を見出す。インドと欧米の優れた知的伝統を受け継ぎ、それを発展させたのがセンだったことが本書からよくわかる。

 自由と合理性、そしてアイデンティティの多様さを重視するセンの思想は現代社会でその重要性を増している。本書はセンの思想を知るための良いガイドとなるだろう。東郷えりか訳。

読売新聞
2023年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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