「ビートルズ」とは違う、カウンター・カルチャーの象徴「ボブ・ディラン」 音楽評論家がGAROのヒット曲を挙げて考察

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ボブ・ディラン

『ボブ・ディラン』

著者
北中 正和 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784106109867
発売日
2023/02/17
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

なぜボブ・ディランは学生街で流れていたのか

[レビュアー] 北中正和(音楽評論家)


ボブ・ディランのアルバム「The Freewheelin’」

 代表曲「風に吹かれて」から60年――。ノーベル文学賞を受賞した唯一のミュージシャン、ボブ・ディランは、80歳を過ぎた今なおコンサートツアーと創作活動を続けている。底知れぬエネルギーと独創性、ときに剽窃まがいと批判を受けても、なぜ彼の詞と音楽は時代もジャンルも越えて高く評価されるのか?

 数々の名曲の歴史的背景を分析しながら、「ロック界最重要アーティスト」の本質に迫った一冊『ボブ・ディラン』を刊行した音楽評論家の北中正和さんが、GAROのヒット曲の歌詞を考察しながら、新書刊行の意図を語った。

北中正和・評「なぜボブ・ディランは学生街で流れていたのか」

 1972年に発表されたGAROの「学生街の喫茶店」はフォーク/青春歌謡の定番曲としておなじみだ。歌は主人公の学生時代の回想からはじまる。場所はボブ・ディランの音楽が流れる喫茶店。その片隅で彼はよくガールフレンドと他愛のない話をして過ごした。しかし歳月は止まってくれない。時を経て店を再訪すると、人も音楽も変わっていた。別れてから愛していたことに気づいた彼女の消息はわからないまま……。

 歌詞では説明されないが、主人公が店の常連だった60年代後半は学生運動がさかんな時期だった。店でボブ・ディランが流れていたという設定は、彼の音楽が当時のカウンター・カルチャーの象徴と思われていたからだ。

 この歌詞がもしボブ・ディランでなくビートルズだったらどうか。ビートルズもまた当時のカウンター・カルチャーの先導者だった。しかも街に流れていた音楽は、ボブ・ディランよりビートルズのほうが圧倒的に多かった。しかしここでビートルズにすると、当り前すぎて、主人公の少し屈折した気持は表現できなかっただろう。

 ボブ・ディランは批評性に富む詩的な歌で「フォークのプリンス」「若者の代弁者」「時代の預言者」などと呼ばれ、エレキ・ギターを持つようになってからは、フォークの形骸化にも警鐘を鳴らすなど、変革や反骨の人として知られていた。

 実はボブ・ディランは世間から貼り付けられたそんなイメージから逃れようと、70年前後にはわざとカントリーをやったり、カヴァー・アルバムを出したり、ライヴを休んだりしていた。しかしイメージはいったん刻印されると、容易には覆せない。彼が7年前にノーベル文学賞を受賞して驚いた人が多かったのは、ミュージシャンの受賞ということに加え、彼に対する世間のイメージが昔のままだったことも大きい。

 新潮新書で『ビートルズ』の本を出した後、『ボブ・ディラン』を書くことになったとき、真っ先に思ったのは、情報を更新しながら、なぜボブ・ディランの音楽が高く評価され続けてきたのかを考えられる入門書にしたいということだった。

 彼の歌には、ギリシャやローマの詩人、シェイクスピア、エドガー・アラン・ポー、アルチュール・ランボーから佐賀純一まで、さまざまな人の作品の影がこだましている。彼はそれをフォーク、ブルース、ロック、ポップ、ジャズなど多彩な伝統音楽の要素とシャッフルして、別次元の万華鏡のような物語を作りあげてきた。80歳を超えてなおコンサート・ツアーを続け、いぶし銀のようなダミ声で現代の叙事詩をうたい続けるボブ・ディラン。ともすれば難解と思われがちだが、実は耳に残りやすい曲が多い。来日公演も近い。この本が少しでも彼の音楽を楽しむ手がかりになれば幸いだ。

新潮社 波
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク